情報とは
(以下、色々と怖い話が多いのであくまで生存確認的な目的で書いたテキトー記事。僕の消したTwitterアカウントを一年以上フォローしていた人なら、内容的に本人だと確信できるだろうことを期して)
情報発信というのは、人為的なアクションである。
情報が流れる。
しかし情報には手も足も生えていない。
そこには情報を流した何者かが居る。
また、流布にあたってはその何者かの意図が介在する。
ひとつの例:
源頼朝が弟の義経を疎んじるようになった大きな要因に、軍監の梶原景時の讒言があったと言われている。
後世に長らく伝わることになる有名な逸話だが、梶原景時による讒言というものが本当にあったのかどうか、俺は知らない。
ところで、こういうことが言えるんじゃないかなと。
"源平合戦期当時から京の都で絶大な人気者であった源義経が破滅に至ったのは梶原景時の讒言のせいである"
世間一般でこんな風に考えられるようになれば、他の多くの反義経派だった御家人達は、悪名を景時ひとりに押し付ける形で免れることができる。
ちなみに草創期の鎌倉政権で大きな影響力を持った梶原景時は頼朝の没後、他の御家人達の強い意向により排斥され、しまいには一族もろとも滅亡させられることになる。
その後、2代目将軍頼家の乳母父という立場の比企氏と、頼家の母方の実家である北条家という、いずれも外戚にあたる一族同士の間に争いが起き、結果としては北条家が勝つ。
その後も北条家は他の有力御家人達を排斥していき、鎌倉政権における中枢として不動の地位を築くようになる。
頼朝の正妻一族である北条家にとって、北条政子の子達と頼朝の跡目を争うことにもなりかねない源義経の存在は、後年に権力抗争を繰り広げることになる比企氏なんかの何倍も鬱陶しい存在であったろうなと想像できる。
また、梶原景時は頼朝の信任が非常に厚かった御家人で、「一ノ郎党」などと言われていたらしい。
これまた北条家からしたら鬱陶しい存在であったろうなと想像できる。
「源義経追討の主要因の一つが梶原景時の讒言」
こういう情報が流れて、最も得をしたのは誰だろう?
証拠は何もない。