奥能登豪雨の後のこと
9月の連休に「今の能登を見て、建設業について考える旅」という主旨で、会社の若手3人を連れて能登に行ったのですが、ちょうど奥能登豪雨と重なってしまいました。
22日、石川へ向かう途中も強い雨だったんですが、泊まる予定だったゲストハウス黒島の杉野さんから「各所で土砂崩れが起きて危険な状況になっているから来ない方がいい」と連絡があり、金沢泊へ変更し、晩飯を済ませてから情報収集。あちこちで酷い被害と通行止めが起きている一方で、のと復耕ラボ が災害ボランティア拠点の活動を再開すると書いていたことと、夜遅くに通行止めがいくつか解除されてきたので、それならば能登に行けるかもしれない、災害復旧支援に切り替えようと、23日に物資を調達し、雨がおさまってから能登に向かいました。
のと復耕ラボで物資を渡してから輪島市内に向かいましたが、増水して溢れた川やあちこちでの斜面の崩落、道路の冠水、橋も壊れていたりと、本当に酷い状況でした。
そうした中、市街地の広範囲が泥だらけになった輪島市で、お世話になっている酒ブティックおくださんに行き、少しの時間ですが泥出しを手伝い、ゲストハウス黒島で泊まり、翌日帰京しました。
今回の水害で心が折れたという声を多く聞きます。
災害ボランティア拠点の活動をいち早く再開したのと復耕ラボでも、代表の亮さんやメンバーの方たちは気持ちの整理はついていないんだと言っていてしんどそうだった。
偶然そんなタイミングに居合わせて、水害直後の状況を見て、地元の方と会って、今能登に必要なのは「手伝いや応援の頭数」だと思っています。
東京から能登はやっぱり遠くて、連休だと行き帰り両方で渋滞に巻き込まれるから、車で行くのは結構しんどい。
でも今はなるべく多くの人が能登に行ってほしいし、多くの人が来ている、応援していると、能登の人に感じてもらいたい。
そんなことを考えています。僕たちができることはとても小さいのだけど、そんな気持ちや行動が多く重なっていくことで、復旧も復興も進んでいくのだと思います。
いつか、災害復旧とかボランティアとかじゃなく、普通に能登に時々行く生活に移行できることを願っています。