30歳、隠居生活 その11 資格
私は大学の頃からコツコツと資格の勉強を続けており、入社直後の研修で応用情報技術者の資格を取っていたのはお話した通りだ。
現場に入って仕事を始めてからもその習慣は続けており、最初の現場を出るまでに、私は情報セキュリティスペシャリストの資格を取っていた。
合格率15%、ITスキル標準のレベル4の資格である。そこそこの難関であり、3回目の受験での取得だった。
資格を取っても現場の上司達には伝えず、1人昼食で普段食べぬハンバーグ定食など食べ喜んでいた。
とりあえず資格を取得したので証書を会社に提出し、10万円の一時金だけはもらったのであるが、
恥ずかしい話、この資格を取った理由は、初の現場を出たい一心からであった。
資格があればもっと専門を活かせるような現場へ行けるのではないか、と勝手に思い込んで勉強に打ち込んだのである。
当時の自分でも、資格が取れたと言って何かが変わるわけではないことは分かっていたが、
そうでもしないとやっていけなかったのである。一種の逃避行動であった。
そんな思い入れのある資格が、情報安全確保支援士と名前が変わり、有料の研修を受ける必要が出たようであった。
結構高額であったので、自社に金を出してもらえないか申し出て見ると、まだお前には早い、との返答があった。
何がどう早くて、どうあれば受けさせてもらえるのかというような説明はなかったので、
会社側に資格を活かしてどうこうさせる気がないことはハッキリ伝わってきた。
欲を言えば、資格を売りにしてセキュリティ関連の案件に付けてくれるのを期待したのであるが、
どうやらそのような道は露ほどもないようである。なるほどよろしい。
元より期待もしていなかったので、分かりましたとだけ言ってそこで話は終わった。
少し話が飛ぶようであるが、
この頃、私は自社内で配属が変わっており、開発部門からインフラ部門へ異動となっていたことを知った。
知らぬ間に自分の上司たるマネージャーが変わっていたのである。何かの定時面談の際に初めて知ったのだ。
そして、新しいマネージャーとの面談があって言われたことはこうだった。
「インフラの現場に居ても金になる技術など勝手には身につくものではない、
何か自発的に勉強して、自分を売り込む材料を作ることが肝心だ。資格など取ってみるのはどうだ
例えば、ITパスポートとか。」
私は空いた口が数秒ほど塞がらなかったが、気を取り直してここぞとばかりに答えてみた。
「はい、ITパスポートは持っていませんが、その上位の資格の基本情報技術者、応用情報技術者、情報セキュリティスペシャリストについては
資格を既に保有しています。また、データベーススペシャリストとネットワークスペシャリストは現在勉強中です。」
(補足しておくと、IPAのレベル1がITパスポート、レベル2が基本情報技術者、
レベル3が応用情報技術者、最高レベル4の一つが情報セキュリティスペシャリストである。
最初の開発現場でも、応用まで持っていれば中々の頑張りもの、という雰囲気であった)
少し驚いた顔をされたが、では資格を持っていたらどう売り込めるのかという説明はついぞなかった。
むしろ、ここまで資格を持っているのに売り込み先がない私は一体どうすればいいのだろうか。
今となってはもっと突っ込んで聞くべきところだったと思うが、ここで明確な返答がなかった時点で、
もう話にならぬものと諦め、そこで面談は終わった。
資格資格とせっつく割に、実際とってもなんにもならぬではないか。
私が会社に対して希望することは極めて小さく、毎月の給与が出て生活ができることだけだった。
それ以外には、一切の期待を元よりしていなかったのであるが、
先の倉庫現場を突然辞めることになった件といい、資格の件といい、
どうにも今の会社にいることに、派遣SEでいることに疑問を感じ始めたのだ。
近いタイミングで、7人居た同期の内2名の退職があった。
1人は私のように仕事の仕方に慣れなかったもので已む無しという形であったが、
もう1人は契約面の待遇の悪さと職場環境の悪さが原因で、これについては非常に共感するところの多い理由であった。
まずは賞与面、その同期の出身大学の同輩などは、同じく派遣SEとして似たような仕事をしているが、賞与が2ヶ月分も出たのだという。
こちらは数万円がやっと出てくるといった体で、同じ大学を出た者同士であれば、実際的な能力ではそうそう差のあるものでもないため、
単純に選んだ会社によって出た差であって、全く面白くないというのが本人の言で、これは道理であると思った。
同じように仕事をしているのに、片方は50万、片方は3万では不満のでない方が無理であろう。
もう一つには、最近案件が変わり、つまらない炎上案件に無理やり人足として呼ばれたという。
当然、まともに仕事ができるようにもなっておらず、退屈であると同時に、
自分のキャリア成長に繋がるためという形で案件を選んでいない点を不満に感じるという話であり、
これも、ちょうど身につく技術が無い点を指摘された私には納得の深い話であった。
最後に、我々同期を呼んでくださった人事の方の退職である。
ここで軽く紹介をさせていただくが、岩手大学の合同説明会に来、直接私が会社の顔としてお話したのはこの方であった。
自信に満ち溢れた振る舞いと、格好のいい仕事振りと、こちらのキャリアまで考えて案件を選んでいるという話に魅力を感じて
この会社を選んだのは、どうやら私だけではなかったらしい。
実際には、この人事の方のような魅力あふれる方は社内にこの人しかおらず、社内では浮いていたようになっていた。
仕事は優秀、人柄も良く、社外のスポーツ活動などにも積極的な人物は、他にやりたいことが出来たといい、早々にこの会社を退職していった。
確かに、あの人のような人間がいるべき場所はここではない。
同期7人の内、2人を見送る回が終わった。
同期は減ることはあっても決して増えることはない。寂しさだけがそこにあった。
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