第8話 霧隠
上野国は沼田を含む利根郡の石倉村に、石倉三河と云う男がいた。
もともとは、この辺りが上杉支配になった時から群馬郡の石倉城主を任されていたが、仁義に厚い半面根っから戦嫌いで、良く言えば周囲との付き合いが上手で、悪く言えば八方美人の、人間的には非常に憐れみ深い人物だった。そのような人は戦国の世には向いていないと言うもので、上杉の命令に従順なのは当然として、北条から使者が来ても武田の間者が来ても、みな同様に厚くもてなしていたものだから、あるとき疑われて在所を没収され、利根郡の秋山兵部という男を頼って沼田に移り住んでいた。
その彼の使用人で〝野良次〟という男が、伊織たちの逗留する但馬屋に来て、
「旦那様が生き別れのお子と会いたいと申します。そんな事などできるのでしょうか?」
と、巫女に対して疑いの目を向けながら聞いた。伊織は、
「〝生口〟なら朧がよかろう」
と言って供に彩を付け、花を伴わせて石倉村へ向かわせたのである。
果たして依頼主の庵に着いて石倉三河が言うには、
「石倉城にいた時に妾に産ませた子が今どうしているか心配でならない。私が城を追われてしまい、当然城下にはいられないだろうに、生き別れになったままどこへ流れ着いたやら・・・生きているならちょうどその子と同じくらいだろうか?」
と花を見つめ、
「口寄せの梓巫女が沼田に来ていると聞いて、もう矢も楯もたまらずこの野良次を遣いにやったのだ。どうかその子に逢わせて欲しい」
と涙をこぼす。朧は神妙な顔つきで、
「それはお気の毒でございます」
と言って、早速口寄せをして石倉をたいへん喜ばせたというわけだが、書きたいのはそれではない────。
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ののうの野
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