MinoMafia --SideAdabana-- 3
ひどく埃の積もった、持ち主が手放してから恐らくは数年、下手をすれば10年以上は経っているだろう廃工場に、数人の男女が集まっていた。
そのうちの誰かが持ち込んだのだろう、キャンプ用のライトが、申し訳程度に辺り一帯を照らしている。
「言いたいことは二つ」
帽子を逆向きにかぶった男が、突き放すような声で言った。廃工場にはおよそ似つかわしくない、随分と豪奢な造りの赤い椅子に腰をかけ、彼の眼前で震えて蹲る者を冷たく見下している。
集団の中でもその男は随分と若く見えた。だが、それまでの話ぶりからしても、その帽子の男ーーなべサンはリーダー格としてみなされているようだった。
「まず、一つ。この状況で保身を考える必要なんかない。嘘をついて誤魔化そうとした分だけ、後が怖い。分かってるな?」
なべサンの問いかけに、蹲っていた者はぎこちない動きで体を起こし、必死に何度も頷く。遠目ではわかりづらかったが、両手足が拘束されているようだった。おまけに猿轡を噛まされ、喋ることもできないらしい。
「オーケー。それじゃあ二つ目だ。ブツはどこにやった? 取引の為に運び屋として雇われたお前のところで、ブツの行方が知れなくなった」
なべサンの問いに、拘束された男ーー運び屋は悲鳴のような呻き声を上げた。先ほどの首肯以上に大きな動作で横向きに頭を振る。自分は何も知らない、と言いたいらしい。
男の反応を見たなべサンが、後ろに控えていたガタイのいい金髪の男を見やる。金髪の男は何も言わずに頷き、そのまま運び屋に歩み寄ると、運び屋の胸ぐらを両手で軽々と掴み上げた。首がしまっているのか、猿轡の隙間から運び屋の悲鳴が漏れる。
「十分だ、豆タンク。手を離せ」
運び屋の顔が真っ赤に染まったところで、なべサンが満足そうに合図を出す。金髪の男ーー豆タンクは指示された通りに手を離した。配慮も何もない突然の解放に、運び屋は地面にどさりと崩折れる。
「知らないはずはないんだよなあ。サンチェースからあらかじめ聞いた話じゃ、お前が国外から日本に持ち込まれたブツを”組織”に届ける予定だったはずだ。ところが、到着予定日になってもお前は現れず、サンチェースとも今日まで連絡が取れなくなっている。なんでなんだろうな」
「運び屋さん、正直に吐いたほうが身のためだって。ね?」
ジャージ姿の女性が柔和な声色でそう口にしつつ、運び屋が喋れるよう猿轡をほどいた。
周りからゆきねぇと呼ばれていた女性は、周囲の者達の敵意に満ちた態度とは違い、本当に運び屋のことを心配しているかのようだった。なべサンの支持か、元々の性質か、何れにしてもこの場において彼女の言動は飴と鞭として上手く機能していた。
「本当に知らないんだ! サンチェースに雇われただけで……あの日だって、あいつは現れなかった!」
「なべサンの言ったことを忘れたのか、てめえ!」
怒声とともに、オレンジ色のパーカーを着た男が運び屋の顔を叩いた。だが、運び屋は意に介せずに喋り続ける。パーカーを着た男は「あ、あれ?」と困惑しているようだった。
「ほ、保身でもなんでもない! 必要ってんなら証拠を出したっていい! 死ぬよりマシだ!」
依然として怯えた様子ではあったが、叩かれたのが嘘のようだった。パーカーの男は少し落ち込んでいるように見える。おそらく武闘派というわけでもないのだろう。
なべサンは運び屋の目を数秒ほど見つめていた。真偽を測っているようであったが、長い溜息の後「分かった」と男に向かって言った。
「3日だ。3日後までに、お前が潔白であると証明するか、サンチェースの居所をはっきりさせろ」
その言葉に、運び屋は深く頷いた。
運び屋が解放された後。
「なべサン、あいつこのまま逃げちゃうんじゃないの? どう見ても下っ端だったでしょ?」
赤いTシャツに革ジャンを羽織った女性ーースケバンが言った。両手をポケットに突っ込み、さも気だるそうだ。
「まずは泳がせるさ。この際、あいつの言ったことが嘘かどうかはどうでもいい。3日後までにはケリをつける。最悪、データに追わせてる、逃しはしねえ」
「ふーん。ま、別にいいんだけど。行くよ、お豆ちゃん」
「うす」
スケバンはそう言い、お豆ちゃんーー豆タンクをボディーガードのように引き連れて去っていった。
「ところでなべサン、明日の朝ラジオ体操しない?」
「あ、間に合ってます」
何の脈絡もないゆきねぇの問いに、リーダー格のはずのなべサンが敬語で答えた。ゆきねぇは残念そうに「そっかぁ」と呟き、二人の後を追うように闇夜に消えた。今の流れで何故いけると踏んだのだろうか。
すでにメンバーのほとんどは立ち去り、廃工場に残っているのはなべサンともう1人の男だけだった。
「なべサン、私もそろそろお暇しますね」
男が柔らかい笑みを湛えながら言った。その男は会合中に一度も言葉を発しなかったが、運び屋が”尋問”を受けている間でさえも、その笑顔を徹頭徹尾貫いていた。ともすれば無邪気とも言えるその笑顔が、むしろこの場では不気味だった。
「おう」と短く返したなべサンに「あ、そうそう」と男が歩みを止める。「廃工場で集まるのがいけないんでしょうかね。どうも”ネズミ”が1匹紛れ込んでるみたいなので、帰るついでに駆除しておきますね」
「ほどほどにしておけよ、スマイル」
なべサンが呆れたようにそんなことを言っていたようだったが、もはや聞いている余裕なんてなかった。
盗み聞きしていたのがバレている。
すぐにここから脱出しなければ。
早く、早く、早く、早く、はや
※本作品はフィクションです。