【寄稿】『職場でのカウンセリング〜心理職のための手引き』出版に寄せて|財津康司
出版前に幾人かの知り合いに献本したところ「心理職とはなんですか?」と質問された。心理の資格には臨床心理士や公認心理師以外にも産業カウンセラーや認定心理士など様々な資格が存在する。また、心理業務に携わっているものの心理の資格をもっていない職種もある(保健師、看護師など)。つまり、本書における心理職とは、資格の有無を問わず、心理業務をある程度専門的に担っている方々を意味しているのである。
それでは実際の職場において心理業務を担っている方々とは具体的に誰を指すのか。まず上司(管理職)は間違いなく該当するだろう。上司は部下に対してラインケア(上司から部下への健康管理)を行うと同時に、部下のモチベーションを高める役割もあるからだ。人事担当者も同様に該当しうる。彼らは日々メンタル不調の社員と面談をし、社員の心境や健康状態を把握しながら社員をサポートしているからだ。経営者はどうだろうか。彼らは管理監督者を統括し、労災の予防に関して最終的な責任を負っている。また、組織のリーダーとして社員に大きな心理的なインパクトを与えうる存在だ。社員の心理状態を最も左右しうる存在でもある。若手社員はどうだろうか。多くの若手社員は先輩社員の顔色を窺い、先輩社員の気分を害さぬよう心理的な配慮をする。それによって先輩社員の心は安らぎ、先輩社員は仕事がしやすくなる。その先輩社員もさらに上席の社員に対して気を遣うものだ。要は会社では全員が日常業務と同時並行で心理業務を実践しているようなものである。そのような、お互いがお互いを支え合い、配慮し合う企業文化は日本的とも言えるだろう。近年、働き方改革や労働力人口の減少によって、労働者のメンタルヘルスの重要性は増すばかりだ。管理職研修のコンテンツを見ると、さながら心理職養成講座である。誰もが健康的に働くことができる職場作りは全ての企業の重要な目標であり、「労働者の心理職化」のトレンドは今後も続くであろう。
さらに、職場の心理業務の一端を影で支える大切な存在として、社員の家族を見落としてはならない。社員が疲れて帰宅したら、時には職場での不満を家族に聞いてもらったり、相談に乗ってもらったりしているものだ。事業場外の心理的支援の主役は、今も昔も家族や友人なのである。2021年の統計によると日本の労働力人口はおよそ6,860万であるが、労働者を支える家族まで入れると、さらに多くの人々が実質的に企業における心理業務を担っていることになる。
本書は、企画段階では現役の心理職または心理学を学ぶ大学生を主な対象読者とした専門家向けの実務書(マニュアル)を目指していたが、専門家以外でも十分に理解できる内容である。そのため一般書の類だと思って多くの方に読んでもらいたいと思う。私はこの本を誰に一番読んでもらいたいかと聞かれたら、新入社員とスタートアップの経営者と答えている。これから4月を迎え、多くの会社では新卒の社員が入社式を終え、研修期間に入る。その前に、先輩社員たちが経験した代表的な悩みや心が疲れた社員への支援のコツ、産業医の役割や活用方法などを一通り知ってほしいと思うからだ。また、悩んでいる社員からの代表的な相談事例、人事制度、基本的な法律知識、ストレスに関連する医学知識は、これから会社を大きくしようとするものの現段階では組織が整備されていないスタートアップの経営者にこそ知ってほしいと思う。
最後に、本書の至らない点を正直にお伝えしたい。本書はカウンセラー、産業医、企業内弁護士、人事担当者、精神科の臨床医がそれぞれの立場で執筆したが、それらにまとまりや一貫したストーリーがないため、読者は本全体の趣旨を理解しにくい。しかし、言い訳に聞こえるかもしれないが、私はそれで良かったと思っている。仮に読者にとって分かりやすく書きすぎると、会社組織の複雑さや多様性を矮小化してしまい、かえって誤解を与える恐れがあるからだ。それよりも、一人一人の読者が「会社にはいろんな立場の人がいるし、産業医や精神科医もそれぞれ異なることを考えている。」と会社のありのままの姿をそのまま受け止めていただけたら何より嬉しい。
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