コロナの時代の想像力

岩波書店編集部の主に人文書を担当するメンバーからなるチーム、「なみのおと」がお届けする、言葉、写真、等々です。

コロナの時代の想像力

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戦禍に社会科学はなにができるか|エカテリーナ・シュリマン/奈倉有里訳・解説

*  *  * エカテリーナ・シュリマンは1978年生まれの政治・社会学者で、ロシアの数少ない独立系放送局「モスクワのこだま」で政治コメンテーターを務めてきました。「モスクワのこだま」が活動停止に追い込まれたあとも各地の団体やオンラインで講演をおこない、苦難のなかを生きる人々に、専門知識にもとづく情報を発信し続けています。今回、連絡をとることすら困難な状況のなかで、快く翻訳掲載の許可をくださったシュリマン氏に深く感謝します。(訳者──奈倉有里)  講演1 戦争と社会学──

    • コロナ下に死んだ人類学者が残したもの デヴィッド・グレーバーの死後の生(下)|片岡大右

      3 突然の死の背景3-1 アナキズムの2つの次元 本稿(上)に掲載の「2」で見たように、グレーバーは出版活動の初期に指導教官の気まぐれな提案に応じて執筆した『アナーキスト人類学のための断章』のタイトルをのちに後悔して、ツイッターアカウントのプロフィール欄で10年近くにわたり、「わたしをアナキスト人類学者と呼ぶのはやめてください」と強調しながら死んだ。 政治的信念と学問は別だというのが理由のひとつだけれど、そればかりではない。「アナキズムというのはやることであってアイデンテ

      • コロナ下に死んだ人類学者が残したもの デヴィッド・グレーバーの死後の生(上)|片岡大右

        1 『ブルシット・ジョブ』への称賛と批判1-1『ブルシット・ジョブ』の反響 デヴィッド・グレーバーの思いがけない死(2020年9月2日)から、早くも2年が過ぎた。日本ではとりわけ、秋口の急逝に先立つ2020年春から夏にかけ、この英国在住の米国人人類学者に対する関心が比較的小規模なサークルの外に広がりつつあっただけに、急逝の知らせはいっそうの衝撃をもって迎えられたと言えるだろう。 この年の4月、コンパクトながら創意に満ちた初期の民主主義論『民主主義の非西洋起源について――「

        • 戦争文学で反戦を伝えるには|逢坂冬馬×奈倉有里

          翻訳文学とエンタメの架け橋 ──お二人は以前からのお知り合いなんですよね。 奈倉 生まれた頃から知ってますね。姉弟ですから(笑)。 逢坂 はい(笑)。 ──奈倉さんはロシア文学の翻訳者で『同志少女よ、敵を撃て』は独ソ戦を扱っているわけですが、執筆経緯でのお二人の関わりは。 逢坂 小説を書き始めた頃から、独ソ戦時のソ連の女性狙撃兵を描きたい気持ちはありました。歴史上の際立った存在でありながら日本の小説ではほぼ描かれてこなかったからです。でも、モチーフがあってもテーマが

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        • 【連載】岩波文庫で読む「感染症」|山本貴光
          10本
        • 【前後篇】このカラダひとつで生きること|上田假奈代
          2本
        • 【連載】明けない夜はない コロナ病棟の現場から|渋谷敦志
          3本

        記事

          「令和鎖国」 で引き裂かれる家族たち──〈極私的〉記録から(後篇)|新井卓

          日本はなぜ水際対策にこだわるのか? このテキストを執筆中の2022年4月末時点でも、日本政府は水際対策を抜本的に見直す姿勢を示していない(5月8日追記:5月5日、岸田首相はロンドンで演説を行い「日本は国境統制措置を緩和している」として「6月には他の主要7カ国(G7)並みに他のG7諸国並みに円滑な入国が可能となるよう、水際対策をさらに緩和していきます」と述べた。しかしあくまで「円滑な入国」についての言及であり、観光ビザで渡航する必要のある国際カップルにいつ門戸が開かれるかは依

          「令和鎖国」 で引き裂かれる家族たち──〈極私的〉記録から(後篇)|新井卓

          「令和鎖国」 で引き裂かれる家族たち──〈極私的〉記録から(中篇)|新井卓

          紙とファックスと捺印の「先進国」で 署名サイト公開後の2週間、わたしたちは当事者主催の勉強会をひらき、メディアに働きかけ、関心のありそうな議員に見当をつけては支援を求めてファックスを送りつづけた(政治家に陳情するならファックスが一番だと、活動家の遠藤まめたさんが教えてくれた)。結果は芳しくなかった。国民が高く支持する水際対策に対して一石を投じるわたしたちの訴えに、多くの議員が難色を示した。与野党の力関係や党内での立ち位置を理由に丁重に断られることもあった。   12月中旬、

          「令和鎖国」 で引き裂かれる家族たち──〈極私的〉記録から(中篇)|新井卓

          「令和鎖国」 で引き裂かれる家族たち──〈極私的〉記録から(前篇)|新井卓

          ――家族とは、だれひとり取り残されたり、忘れられたりしないことを意味するんだよ。 『リロ・アンド・スティッチ』(2002) クリス・サンダース&ディーン・デュボア監督、 ウォルト・ディズニー・ピクチャーズ  ――何人も、自己の私事、家族、家庭若しくは通信に対して、ほしいままに干渉され、又は名誉及び信用に対して攻撃を受けることはない。人はすべて、このような干渉又は攻撃に対して法の保護を受ける権利を有する。 世界人権宣言12条  「リモート」な独白  想像力の圧倒的な足

          「令和鎖国」 で引き裂かれる家族たち──〈極私的〉記録から(前篇)|新井卓

          【連載】岩波文庫で読む 「感染症」第10回|見えない原因を追い詰める パストゥール『自然発生説の検討』ほか|山本貴光

           人類はいつ頃、ウイルスの存在を知ったのだろう。  例えば、現在ではインフルエンザはウイルスが原因であることが分かっている。では、そのように判明したのはいつのことだろうか。  インフルエンザといえば、およそ100年前に世界を席巻した、いわゆる「スペイン風邪」はその一つだった。もっとも「スペイン風邪」という名前からして紛らわしい。スペインで始まったわけでもなければ、風邪でもないのだから。  それは1918年から世界的に大流行したインフルエンザだった。第一次世界大戦末期にあ

          【連載】岩波文庫で読む 「感染症」第10回|見えない原因を追い詰める パストゥール『自然発生説の検討』ほか|山本貴光

          ウクライナとロシアの未来──2022年のあとに|ミハイル・シーシキン/奈倉有里訳

          2013年末から2014年の2月にかけて、EU加盟をめぐり「ユーロ・マイダン革命」と呼ばれる大規模な反政府デモ運動がウクライナ国内で起こった。デモ参加者らに夥しい数の犠牲を生んだこの運動ののちに、当時のウクライナ大統領ヴィクトル・ヤヌコヴィチは失脚。しかしその直後、事態はロシアのクリミア半島併合、ウクライナ東部紛争へと動いていく。 以下、シーシキンがアフガニスタンで戦死した幼なじみのことを思い出しながら、人間を嚙み砕く愛国心の恐ろしさについて語った「ウクライナとロシアの未来」

          ウクライナとロシアの未来──2022年のあとに|ミハイル・シーシキン/奈倉有里訳

          【緊急掲載】戦争という完全な悪に対峙する──ウクライナ侵攻に寄せて|ドミートリー・ブィコフ/奈倉有里編訳

          1.形而上学的な憎悪にかられている今日の放送をしないで済むのなら、高い代償を払ってでもそうしたかった。自分の母親が亡くなった日と同じくらいの悲しみを抱え、それでも今日、逃げ出すことはできなかった。私たちが生きているあいだに、またもや戦争が起きた。 ロシアがどうやってこの戦争から抜け出すのか、そのときどうなっているのか、私にはわからない。おそらく、とても長い時間がかかるだろう。ロシアにとってこの戦争が、自国民との戦争にもなることは間違いない。すでにモスクワでも平和を訴えた人が

          【緊急掲載】戦争という完全な悪に対峙する──ウクライナ侵攻に寄せて|ドミートリー・ブィコフ/奈倉有里編訳

          長い呪いのあとで小山田圭吾と出会いなおす|小山田圭吾は21世紀のカラヴァッジョなのか|片岡大右

          ※文中敬称略 1 はじめに――距離と想像力遠くで誰かが苦しんでいる。わたしたちが直接現地に赴くことはできず、ただちに行動してその苦しみを解消させることなどできはしない、遠い距離の向こうのどこかで。そんな光景が突然、平穏な日常のなかに飛び込んできたなら、いったいどうすればよいだろうか。 フランスの社会学者リュック・ボルタンスキーが1993年に著した『遠くの苦しみ』(La souffrance à distance、未邦訳)は、国際報道や国際人道支援運動の功罪が様々に議論され

          長い呪いのあとで小山田圭吾と出会いなおす|小山田圭吾は21世紀のカラヴァッジョなのか|片岡大右

          【連載】岩波文庫で読む 「感染症」第9回|「うら若い女が亡び行くのだ」 細井和喜蔵『女工哀史』|山本貴光

           かつて肺結核を患ったことがある。自分でもなぜそんなことになったのか分からないのだが(もちろんどこかで感染したからなのだが)、当時勤めていた会社で受けた健康診断で肺に白い影が映っていることが分かり、精密検査をすることになった。日頃は脳天気な私も、ことによっては死ぬのかもしれないと思ったのを覚えている。  結果的には肺結核と診断されて、ほっと胸をなで下ろした。というのは、もちろん治療法が確立された世界に生きているからで、これが100年前ならこうはいかなかったに違いない。それは

          【連載】岩波文庫で読む 「感染症」第9回|「うら若い女が亡び行くのだ」 細井和喜蔵『女工哀史』|山本貴光

          【連載】岩波文庫で読む 「感染症」第8回|人間は油断する生き物である 志賀直哉「流行感冒」|山本貴光

           この何年か、『文藝』(河出書房新社)という雑誌で文芸季評を担当してきた。同誌は季節に一度刊行されるので、毎回過去三カ月分の文芸各誌を読んで、これはと感じたものについて述べるという趣向である。一種の定点観測とでもいおうか。  2018年から現在まで、およそ2550作の小説や詩に目を通した勘定である(長短に関係なく、また連載の各回も一作と数えている)。このくらいのささやかな規模でも続けて観察していると、全体としての変化も感じられてくるから面白い。その季評のある回で「小説のマス

          【連載】岩波文庫で読む 「感染症」第8回|人間は油断する生き物である 志賀直哉「流行感冒」|山本貴光

          【連載】岩波文庫で読む 「感染症」第7回|人はそれぞれ頭のなかに疑似環境をもっている ウォルター・リップマン『世論』|山本貴光

           目下私たちは新型コロナウイルス感染症による困難のなかにいる。数ある困難のなかで、ここではそのうちの二つの点に目を向けてみたい。  一つはウイルスの感染とそれがもたらす病の問題で、これは健康や生命に関わる。マスクの着用や消毒、人と接触する機会を減らすといった生活のさまざまな面での変化も、感染症への対策として生じたものだった。  もう一つは、このウイルス感染症やそれに関わる医療情報その他について飛び交う真偽の定かならぬ情報の問題だ。いくつか言葉を選んでネットを検索してみれば

          【連載】岩波文庫で読む 「感染症」第7回|人はそれぞれ頭のなかに疑似環境をもっている ウォルター・リップマン『世論』|山本貴光

          【連載】岩波文庫で読む 「感染症」第6回|見えないものから森羅万象を考える ルクレティウス『物の本質について』|山本貴光

           この宇宙やそこに存在する森羅万象は、私たちの目には見えない小さな物質が集合してできている。こうしたものの見方を「原子論」という。  いまではすっかりお馴染みのアイデアだが、ずっとそうだったわけではない。例えば、20世紀はじめ頃にはまだ原子論に反論する科学者もいたくらいだ。他方で歴史を振り返ってみると、原子論は古くからあるアイデアだった。古代インドや古代ギリシアに例がある。ここでは古代ギリシアの場合を見てみよう。というのは、岩波文庫にうってつけの1冊があるからだ。  その

          【連載】岩波文庫で読む 「感染症」第6回|見えないものから森羅万象を考える ルクレティウス『物の本質について』|山本貴光

          このカラダひとつで生きること(後篇) 開いた人生相談会と、交差点の話|上田假奈代

          「ほんとうに肝心なことはことばにならない。 現場は、流れていく川のようだ。 さっき見ていた水は、いま見ている水ではない。」           (「このカラダひとつで生きること(前篇)」より) 大阪・釜ヶ崎で、「ゲストハウスとカフェと庭 ココルーム」を営んでいる上田假奈代さんの寄稿、後編です。 素人のプロの扉は開いている雨のあと、にわかに暑くなった松山市内。 松山城の脇の商店街をゆっくりと歩き、なだらかな坂道から幹線道路に曲がり、しばらく行くと、谷間のように木造二階建ての古

          このカラダひとつで生きること(後篇) 開いた人生相談会と、交差点の話|上田假奈代