文化人物録79(下野竜也)
下野竜也(指揮者)
→1969年鹿児島生まれ。鹿児島大学教育学部音楽科を経て、桐朋学園大学音楽学部附属指揮教室で学ぶ。1996年にはイタリア・シエナのキジアーナ音楽院でオーケストラ指揮のディプロマを取得。1997年大阪フィル初代指揮研究員として、故朝比奈隆氏をはじめ数多くの巨匠の下で研鑽を積む。1999年文化庁派遣芸術家在外研修員としてウィーン国立演劇音楽大学に留学、2001年6月まで在籍。
2000年東京国際音楽コンクール指揮部門優勝。2001年ブザンソン国際指揮者コンクール優勝。2006年11月~2013年3月、読売日本交響楽団初代正指揮者、2013年4月~2017年3月、同団首席客演指揮者、2014年4月~2017年3月、京都市交響楽団常任客演指揮者、2017年4月~2020年3月、同団常任首席客演指揮者、2017年4月~2024年3月、広島交響楽団音楽総監督を歴任。2023年10月NHK交響楽団正指揮者。 2024年4月札幌交響楽団の首席客演指揮者、広島交響楽団の桂冠指揮者。
NHK大河ドラマテーマ曲収録(これまでに6作品)、NHKFM「吹奏楽のひびき」パーソナリティを務めるなど、放送においても活躍している。
下野さんの指揮する音楽は、いつも新鮮でわくわくするような気持ちで聴いている。なぜなら、下野さんの指揮がまず心地よい上、さらにオーケストラを上手く乗せているのがよくわかるからだろう。そして、選曲も王道と異端的な曲を上手く組み合わせていて、考え抜かれたプログラムであることが多い。
そして何よりも人柄がすごくいい。人の良さが全身から現れているし、それは指揮を見ても同様。団員ともしっかりコミュニケーションができているのだろう。大河ファンの僕にとっては、下野さんがたくさんの大河のテーマを指揮しているのも見逃せない点である。
上の経歴にあるとおり各地の楽団から引く手あまた。傍から見ていても超多忙な活動ぶりだが、是非下野さんらしい人間味のある指揮で聴衆を唸らせ続けて欲しい。
*地方オーケストラについて(2019年)
京都市交響楽団では今シーズンで終わりです。6年間、常任指揮者と首席客演指揮者をやりました。京響は広上淳一さん、高関健さんがポストにいて三頭体制のような感じでした。いい風は起こしたと思います。レパートリーが多種多様になりました。この3人はちょうど仲がよかったのですが、一つの成功例になると思います。
いま広島交響楽団で音楽総監督をやっていますが、いわゆるシェフの立場というのは初めてです。不安も期待もあり、正直緊張して就任しましたが、どうオケと組んでいくか考えるのは楽しいです。信頼感が生まれていると思います。広響は秋山和慶さんが20年近くシェフをやりましたが、これで意識が変わってきたようです。
私は邦人作品もたくさんやるのですが、古今東西の名曲からレアなものまでです。9月には矢代秋雄さんの交響曲をやりましたが、満席でした。(下野は面白い曲をやると)認知していただけたようです。定期でもシェーンベルクやベルク、ウェーベルンといった新ウィーン楽派、細川俊夫さん、現代に生きる日本の作曲家などを入れたりしています。奇抜な曲ばかりではなく、もちろん古典もやります。現代曲をやると、古典演奏にも刺激を与えられるのです。特に細川さんは広島出身ですし、コンポーザーインレジデンスに就任していただきました。年に3,4回は細川作品を演奏しますが、團伊玖磨、芥川也寸志、黛敏郎の「3人の会」もいろいろ演奏したい。
広響の理念としてやはり原爆からの復興としての「HIROSHIMA」の精神は誰もが持っている。ミュージックフォーピースですね。これは広響が存在する限り続くでしょう。広島というなめは世界で知られているので、欧米の指揮者などは広島にオーケストラがあることに驚きます。広島という名前自体にすでに意味があるのです。今年はポーランドの桶と合同演奏をしましたし、アルゲリッチとも「平和の音楽」で共演しました。毎日が平和になっているということこそ、原爆の惨禍からの復興になります。これはすごく大きなことです。
広響は広島唯一のオケということで、街のオーケストラでもあります。特にクラシック音楽は東京に一極集中する傾向にあります。東京のオケにはない個性が必要です。私としては地元らしくサンフレッチェ広島やカープとの交流もやりたいですし、大阪や名古屋など他の都市のオケもそうですが、何をしたいのか、何を訴えたいのかメッセージを出していきたい。個人的には広響でアジアを回ってみたい思いはあります。
始めにお話しした京響も日本文化の中心である京都にあることが大きいです。古都と言われますが、京都は時代の最先端の土地でもあります。寺社仏閣だけでなく美術系の学校や音大もあるし、オケは市が持っているのです。市に先見の明があるということです。だからシュトックハウゼンの「グルッペン」など新しい音楽を演奏もできる土地です。外国人観光客が多いので、日本のオケを聴いてもらえるチャンスも多くアピールポイントになります。これが街のオーケストラの個性につながると思います。便宜上地方オケといいますが、ドイツでは地方オケという概念がありません。東京とそれ以外ではなく、各地オケがあることで街自体を誇りに感じるようになってほしいです。