文化人物録47(佐々木亮)
佐々木亮(NHK交響楽団首席ヴィオラ奏者、2018年)
→N響のヴィオラパートを長年けん引する国内屈指の奏者の1人。アメリカのジュリアード音楽院に長年留学し、現地ではマルボロ音楽祭などへの出演経験もある。ヴィオラという楽器は花形であるヴァイオリンと比べるとかなり地味だが、そうした一見地味な仕事をいとわず、皆で演奏を支える役割を担う。佐々木さんも例に漏れず、素晴らしい人格の持ち主。
・N響の首席としての出演回数は、年間120公演のうち僕でだいたい50~60。川本さんなら30回、あとは若手奏者が20回です。もともとヴァイオリンをやっていましたが、川崎雅夫先生のレッスンのレッスンで「ヴィオラの仕事やってみない」といわれたことが転向のきっかけ。とてもいい楽器で、これは一生弾き続ける楽器になると直感し、弦に弓を置くと化学反応がありました。明らかに発音がよかったです。
・ヴィオラはヴァイオリンよりも5度低い楽器ですが、まずイメージが地味です。家族にヴァイオリンからの転向を伝えた時は「なんで?」という感じでした。それでも自分では確信を持っていたので何度も説得しました。川崎先生も最初は戸惑いましたが、最終的には少し驚きながらも賛成してくれました。先生もおそらくヴィオラが向いていると思ったのでしょう。
・ただ、初めは転向を簡単に考えていましたが、しみじみとしたヴィオラらしい音を出すのは難しい。特に僕は最初情熱的な曲ばかり演奏していたこともあり大変でした。ヴィオラに向いている曲といえば子守唄のようなものが多く、若者には難しいのです。ヴァイオリンと違って超絶技巧よりも表現力がより重要になると思います。最初に弾いたのが25歳の時で、ある程度弾けるようになるのに7年くらいかかりました。
・ヴィオラは目立ちませんが、音楽に対する理解力が問われる楽器でもあります。目立たないが大事なところを演奏します。ヴァイオリンは主旋律を弾くのに対し、ヴィオラは下から支える感覚です。もちろん支えるだけでなくソロがあることもあるので、気持ちの切り替えが重要になります。ヴィオラを弾く人は自分が自分がという性格よりも、やはり支えるのが好きな性格の人が多いです。
・N響に入ってからは自分の音楽スタイルを意識しました。自分としてはロマン派以降の音楽作品と思っていましたが、古典のよさもより分かってきた。N響はドイツの有名な指揮者がたくさん来るので、ドイツの伝統であるベートーヴェン、ブラームス、モーツァルトなどは自然に弾けるようになりました。特に印象的なのはサヴァリッシュ。サヴァリッシュとは米国で共演したことがありましたが、彼はビジネスライクな対応であるものの、N響に対して愛情をもって接してくれていました。人生すべてを音楽のために生きている、トスカニーニのようなタイプかもしれません。
・ヴィオラはよく人間の声に近いなどといわれます。ある時はヴァイオリン、ある時はチェロのように弾き、2つの楽器をつなぐ役割があります。いや、つなぐというよりは、伴奏系を弾いていても受け身なのではなく、伴奏しながらメロディに抑揚をつけて寄り添う役割でしょうか。ただの伴奏楽器ではありません。僕は今オケ、室内楽、ソロプラス後進の指導もしています。すべての歯車がかみ合うようにプラスにつなげることが大事だと思います。
・ヴィオラの中で大きな役割を果たしているのが今井信子さんです。日本人であれほど西洋音楽の神髄を極めた方はいませんし、気品あふれる演奏は素晴らしいです。佐々木さんに何かを教えることは自分を知ることにもなる、とおっしゃっていただきました。僕も今はヴィオラという楽器の魅力を伝えたいという思いが強くなっています。
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