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夢現(ゆめうつつ)#3
私(ひふみ)の
家族は4人
父母と私、弟のななお
小さな借家ではあるが
一軒家に住んでいる
当時は何の違和感も
抱いていなかったが
今考えると、通常の家庭環境ではなかった
父親がたまにしかいないのだ
住み込みの出稼ぎの時も
あったようだが
それにしては
過ごした記憶が
わずかしかない
夏のオリンピックを
一緒に見た
渋を抜いた柿の剥き方を
教わった
煙草を買いに行かされた
確か
ハイライトってやつ
テレビやトースターの
修理をしていた
濃緑の車(カマロ)を丁寧に
嬉々として洗車していた
幼いときの記憶だからなのか
これぐらいしかなく
運動会など家族単位での
行楽に父親の存在は
全く、留めていない
そして
違和感を感じるのは
これだけでは
ありませんでした
4歳年下の弟
ななおの面倒を
見なかったはずがないのに
弟と過ごしている
時間の記憶が少なくて
幼稚園か、保育園の
お迎えに行っていた
記憶が数回と
先に書いた
手を洗ったエピソード
後程、記していますが
小学校での
チョットした事件
他のいくつか
かぞえるほど
これらは鮮明に
覚えているが
その他は漠然としており
ハッキリしない
また母との時間も
ほとんどなかった
覚えているのは
いつも愚図だと
怒られることばかり
言いつけられた
仕事(家事)を
必ず一つ失念してしまうのだ
どうしてなのか
自分でもよくわからず
当時、何故なのか
いつも考えていました
今思えば
To-Doリストよろしく
メモに書いておけば
良かったのだが
それすら
幼いがゆえに
考え及ばなかったようでした
他の記憶となると
おかしなことに一回だけ
運動会のお重に入った
お弁当を
母と食べた覚えがある
毎年あったはずなのに
一回しか記憶にないのも
変なものだ
ましてや、成長した
弟の運動会など
ただの一度も覚えてないのだ
新たに始まったと
最初に記しましたが
記憶に多くの途切れが
生じているのも確かです
こんな不思議な家庭環境は
あまりないのではと
思いましたが
母は正妻だし
私たちも実子として
正式に戸籍に記載があります
ただ、家庭をあまり
顧みない父だったようですね
母が昼夜働いて私たちを
育ててくれた
それどころか
父が外でこさえた借金も
長い年月をかけて
返済していました
昼間働いた給金で支払いをし
夜間の皿洗いで日割りの
生活費を貰い
その僅かなお金で
日々の糊口を
しのいでいたのです
飲む打つ買うは
粋な男の
ステータスだった時代
何の疑問も持たず
唯々諾々と
受け入れて従うのが
女の貞節、良妻賢母と
言われていた
昭和だ・・・。
まったくもって
昭和の良き時代
唐突ですが私は
カレーが嫌いでした
毎週水曜日は
母が残業の為に
必ずカレーが
お夕飯だった
何年も続いたせいで
私はカレーが苦手に
なっていました
大きく切ったジャガ芋と
人参、玉ねぎと豚肉の
甘口カレーには
辟易してしまい
余程でなければ
食べることは
ありませんでした
今は以前程では
ありませんので
カレーを食べるように
なりましたが
辛口を好んでおります
食べながら汗をかく
ぐらいが良い
また
朝は絹ごし豆腐の味噌汁
夜は時として
ケチャップで炒めただけの
焼き飯
大人が居ない時は
ご飯にマヨネーズと
お醤油をかけただけで
お腹を満たすことも
ありましたが
貧しいことすら
自覚のなかった時です
不満に思うことも
疑問を持つこともなく
過ごしておりました
一方、働きずくめの母は
日付が変わってから帰宅
翌朝は私たちを送り出しつつ
自分も出勤という
言葉通り昼夜兼業で
働いていたから
私の記憶に
共に過ごした覚えがなくても
仕方がないこと
近所に住んでいる
祖母が様子を
見に来てくれたり
手伝ってくれることは
あったが
ほとんどの時間を私は
ぽつねんと一人で
居たことを覚えている
孤独とか寂しいと
感じたことはなかった
孤独であることすら
知らなかったから
当時の借家には内風呂がなく
隣接する親せき宅に
借り風呂するのだが
銭湯よろしく入浴料を
都度払わなければならない
少しでも倹約する為に
夏などは縁側外の
コンクリ塗りした
洗い場に
洗濯機が外置きされた
土間のようなスペースが
一坪ほどあったので
そこで水浴びして
代わりにすることも
しばしばでした
家じゅうの電気を消しても
外の月明かりが
充分な彩光となり
暑い夏なのに
夜気に冷やされた
水道水に
「はぁ、はぁ」息を荒げて
体を洗います
時々、蛍が
数匹、ふわぁん
ふわぁーんと覗きに
漂い訪れたり
カエルの声や
虫の鳴き声を聞きながら
大急ぎで洗い、身支度
していました
人は、環境への順応性を
本能で備えています
この状態こそが普通で
当たり前だと認識していれば
マイナスの感情なんて
湧くこともなく
不平に思うことも
ないのですよ
比較対象が無いというのは
ある意味、幸せです
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