無題
結局推しに理想像を映して勝手に喜んで自分の心情に重ねて勝手に悲しんでるだけのどこにでもいるファンの1人にすぎない
現実見なよって言われる理由が、盲目と言われてしまう界隈の特徴が、ふとした時に思い出される
でもはなからそう言う部分に惹かれてはまってしまった人の思考は根本的に解決するの難しくて降りるor継続の2択しかなくて解釈を変えて同じように応援する容量が現状自分にはない
過去を振り切る強さもないから、どろどろした執着と懐古のグロテスクな感情を抱きながら継続するしかないんです
どこまでも未練がましくて押し付けがましい
本当に煙たがられる存在だろうなと自覚はあります
毎日懐古してバッドな気持ちになってそれを糧に頑張ろうって気合い入れてそのルーティンが自分の生活の一部になったのはいつからかもう思い出せません
懐古する時点で今に不満があるのは確かで、だったら見なきゃいいじゃん、その通りです
情ってどこまでもついて回る
怖いくらい
愛おしいくらい
離れたらどれだけ違うことに思考と時間を使えるかも、どれだけ人生が積むのかも簡単に想像ついてしまうからこの船から降りられない
これって宗教?洗脳?病気?
それを愛だと肯定してくれる言葉に唆されて甘い蜜を吸う乞食に餌を撒いて撒かれて一体どっちがどっちの世話をしてるのか分からなくなります
彼らがいないと人生終わるのに
今日もひとり気持ち悪い脳内をぐるぐるさせながらその瞳は幸せな画面の中の彼らを映している
一体その目で何を見て何を考えているの
人のこころが読めたらこんな苦労はしないでしょう
生きていることに感謝するようになったのは
明日が楽しみだと思えるようになったのは
間違いなく教わったことは山ほどあるのにとっくに忘れて自分を棚に上げて何をほざいているんだと殴られそう、見放されたらいっそのこと未練もなくこの場所を去ることができるのでしょうか
答えのない考えを持つことにすら美しさを感じていること自体、とっくに染まってしまったんでしょうね、恐怖します
邯鄲な夢だったと笑ってこの瞬間を振り返る日が来ることを願うばかり
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