交通事故と失った前歯
もう10年ほど前の、
友達宅で開催されたある真冬のパジャマパーティー帰りの夜中。
私は友達とタクシーで帰宅途中だった。
酔いも相まって思わず寝てしまって、
私はものすごい衝撃で目が覚めた。
「え、何事?!」
と言った瞬間、
口から何かがポロリと落ちた。
それを拾ってまじまじと見つめて、
私はそれが自分の前歯であることに気付いた。
そういえば前歯がめちゃくちゃ痛い。
顔も痛い。
「大丈夫ですか?警察を呼びますね」
的なことを運転手さんが言って、
私はどうやら交通事故に遭ったらしいということを理解した。
一緒にタクシーに乗っていた友達は首を押さえていて、
「あっちの車がぶつかって来たの」
と言った。
あっち、と言われた方を見るとぶつかって来たらしき車がタクシーのそばにあった。
これは・・・・・・長丁場になるな。
瞬間的にそう確信した私は、
取り敢えず道路の目の前にあったカラオケのトイレで用を足すことにした。
タクシーを降りると、
ぶつかって来た車の若者が、
「大丈夫ですか?!」
と声を掛けて来たので、
なにせ前歯が折れている私は、
「大丈夫じゃないです」
と答えた。
真冬の札幌の夜風が前歯に沁みた。
外からタクシーを見ると、
トランク部分がべっこりと凹んでいてゾッとした。
カラオケに入って用を足し終えると、
手を洗って鏡の前で改めて前歯が折れている様子を確認して、
「なんでこんなことに・・・」
と思った。
カラオケを出ると警察と救急車がもう揃っていて、
「大丈夫ですか?!!?」
と救急隊員の方にめちゃくちゃ心配された。
事故の規模的に私が普通に歩いているということが信じがたいといった様子だった。
「大丈夫です(前歯は折れてるけど)」
と答えるも、
救急車に乗せられ、病院へ搬送された。
私と友達が真夜中の救急で診察の順番を待っていると、
「意識レベル300の方が来ますので順番が前後します!!」
と看護師さんに言われ、
「よくわかんないけど300はヤバそうだね」
と友達を顔を見合わせ、
意識レベル300の患者さんが診察室に運ばれていくのを見守った。
ようやく私の順番が来て、
診察室に入ると、
「痛いところはないですか?」
的なことをお医者さんに聞かれ、
私は
「前歯が折れてるんですけど・・・」
と言ったのだが、
「それは明日歯医者さんに行ってください」
と冷たく言い渡された。
余計に前歯が痛んだ。
警察が言うには、
「この事故はどちらかが信号無視をしていないと起きない事故。どちらかが信号無視をしている」
とのことだった。
どちらも自分ではないと言い張っているらしく、
真夜中のため目撃者もなく、
過失割合は保留ということになった。
過失割合が保留になると一体何が起こるかというと、
私の新しい前歯をどちらの保険会社が払うかが決まらない
ということが起きたのである。
正確に言うと、
「どちらが悪いかわかって、支払う保険会社が決まり、きちんとした歯を入れるまでは仮歯で過ごしてくれ」
ということで、
私はタクシーの運転手、
ぶつかってきた若者、
どちらが嘘を吐いているか分かるまで、
大切な前歯を仮歯で過ごすことになってしまったのである。
前歯が仮歯、
というのは、
想像以上に負担が大きかったのか、
私の仮の前歯は、
ことあるごとに取れた。
食事の時。
歯を磨いている時。
笑った時。
笑った時に取れると、
仮歯は口から綺麗な放物線を描いて飛んでいった。
それを見ていた友達は爆笑して、
「イツキ、一生仮歯でいて」
とお願いされたりした。
もちろんそんなのは御免であるが、
一生笑いを取れるなら・・・と少しは思った。
友達の結婚式に出席する時は、
前歯が式中に取れたら嫌だから、
いっそのこと前歯がないまま出席しようかとも思ったが、
前歯がない、というだけで、
「ふざけてんのか」
という見た目になってしまうので、
結局仮歯を入れて出席した。
そういえば、警察の人が
「事故の規模的に骨折とかしていてもおかしくない。ラッキーだった。少しぶつかる場所がズレてたら死んでる」
とも言っていたのだが、
私は骨は折れてないけど前歯は折れているが・・・?
と不服に思った。
何がラッキーじゃ。
こちとら前歯が仮歯でずっと前歯が吹っ飛び続けているんじゃ!!!!
と思った。
余談だが、
私は前歯を失った以外にも普通にムチウチにもなっていて、
めちゃくちゃ整体に通いまくった。
その整体の先生がびっくりするほどヤリチンの先生で、
「そんなことまで喋っていいの・・・?」
というほど喋ってくれる先生だった。
今でも先生はヤリチン活動に精を出しているのだろうか。
本題に戻る。
私が仮歯で過ごし続け、
ムチウチのため整体に通い続けていたある日、
警察から連絡があり、
「どちらが嘘を吐いているか分かる証拠が出た。近いうちにどちらが悪いかわかる」
と言われた。
私はどっちでもいいから早く正式な前歯を入れさせてくれ、
と思った。
結局、
嘘を吐いていたのはぶつかって来た若者で、
保険会社を通して謝罪があったが、
ネットから拾ってコピペしたような文章で、
私は余計に腹が立った。
後日、
私はやっと正式に歯を入れられることになり、
「一番高い歯にしてください」
とお金持ちがお店で注文する時みたいなオーダーをした。
その時、「この歯の寿命は10年くらいです」と言われた。
それから約10年が経った。
私の前歯は、まるで自分の歯のように自然にそこにある。
しかし、
そろそろ寿命と言われた年月が経過した。
私はいつ、
この前歯が取れてしまうのか、
怯えながら毎日を過ごしている。
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