歩キング

王様は歩くことができなかった。

玉座に座っていなければならないからだ。

「大臣よ。余は後いくつ昼と夜をこの玉座に縛られるのだ」

大臣は王様の質問に胸を張って答える。

「王よ。歴代で最も長くその玉座に座り続ける崇高なる王よ。その椅子から降りたければ降りる権限が貴方様にはあります」

大臣はそこまで一息で説明するともう一度大きく胸を張り

「しかし、王よ。心してください。玉座を降りたが最後、貴方は王ではなくなり、ただの人になります。ただの人はこの宮殿にはいられません」

王は前王の最後を思い出す。

前王は玉座から降りたくて降りたくて堪らなかった。だから王様は降ろしてやった。前王は玉座から降りた瞬間、安堵の顔を浮かべると同時に大臣の命令で衛兵に連れ去られた。

王様は王様になりたかったのだ。玉座に座ってふんぞり返り、豪華な食事をとり、国民に命令を下し、数多の美しい者と物に囲まれる。そんな生活がしたかったのだ。

しかし、王の誤算は玉座を離れられないということに尽きた。
もう、何年も王は外の景色を見ていない。
もう何年も王宮の外に出ていない。

王はいい加減自由に歩きたかった。

しかし歩いた途端に王ではなくなる。そう言われてしまい怖じ気づいてしまったのが何年か前だ。以来、大臣に先ほどのような無意味な質問を気が向いたように投げ掛けては同じ返答をもらうことをしてはまた怖じ気づいてしまうのだった。

「大臣よ。余は歩きたい。自由にこの足で歩くことが今の一番の望みだ」

「では、玉座をお譲りください」

「なぜこの玉座にいることがそんなに大事なのだ? 王は玉座から離れようと王ではないのか?  王は歩いても王ではないのか?」

「王は玉座におわす方のこと。故に玉座から一足でも歩みでたら貴方は王ではありません」

王は絶望した。王の暮らしは捨てたくない。しかし、自らの身一つ自由に運べぬ者は王以前に人なのか。

少し前まではそれで良かった。王は人として歩くよりも王としての暮らしがしたかったのだ。

今王は決断を迫られている。人として生きるのか王として生きるのか。

「決めたぞ」

大臣は静かに頷いて大きく胸を張った。

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