パラダイムシフト
ぼくが経営をしていた時、パン屋さんに限らずお店をやってみたい人、これから始めるという人からよく相談を受けた。それがきっかけで、お店のことや経営にまつわる話を店のウェブサイトでブログに書きはじめたという経緯がある。
ところが近年、相談の内容が「お店をやめたい」というものにすっかり変わった。
ぼくが一足先にやめたということもあるだろうし、そういったことを考えている人は潜在的に結構おられるだろうな、とは思っていたけれど、実際にはそれ以上だった。そしてこれらのお店は経営に行き詰まっているどころか、とても有名で売れていたり、ちゃんと利益が出ているお店ばかりで、また複数のお店を経営している人が多い。
この人たちがSNSやウェブサイトといった公の場でそういったことを書くことは無論ないし、「ここだけの話」なのでぼくが店名を口外することもない。
しかし、見る人によっては羨むような彼らがなぜ、お店をやめたいと考えるようになったのか。
これは自分の年齢的なことや今後の人生を考えたりと理由は様々だけれど、共通しているのは、やはり人材不足や後継者の不在、高騰し続ける人件費や材料費といった不安に収斂していた。
現在のように、これだけ労働人口が減少すれば「求人を出しても応募がこない」のも当然で、食べもの屋さん、特にパン屋さんのような労働集約型のお店はすでに人材不足だろうけれど、これは今後改善されるどころか無慈悲と思うほど加速することは間違いない。そうなった時にまず困るのは、多くのスタッフを必要とする複数店舗のお店なのだから、「やめたい」というオーナーたちの多くがそういった人たちなのも頷ける。
足元では至る所で後継者不在や人材不足が叫ばれているけれど、これは食べもの屋さんやお店に限った話でもない。それを象徴するかのように今やM&A業界が隆盛を誇っていることは、その実施件数の急増や「平均年収が高い会社ランキング」で M&A仲介会社が何社も上位に入っていることからもわかる。
また、こうして労働人口減少が加速する中、前時代的な ”修業” という建前のやり甲斐搾取が通用するとも考えにくく、タイミーをはじめとする隙間バイトなんてものが登場し、そんな会社が上場していること自体が今の現実を映し出している気がしてならない。もう、お坊さんだとか、古典的な芸能といった一部の世界を除き、修業という概念さえ形骸化が進むのだろうな、とさえ思えてくる。
こうなるとお店など事業所が打てる方策としては、賃金を上げるほか思いつかない。てか、おそらくこれしかない。
日本はすでに実質的に移民を解禁する方向になっていると思うけれど、それでさえ安い賃金では海外からの労働者確保も困難になる。
今年、最低賃金が全国加重平均で過去最高の1055円になり、小さなお店など事業所の経営者はめまいがしたと思うけれど、この最低賃金は法的に遵守すべき金額であって、「その額を出せば働きに来てもらえる」といったものでないことも実感あると思う。
現在、政府は先進諸外国と比較して遥かに低い最低賃金を「2020年代に全国平均1500円」に引き上げることを目標にしている。
この目標は当然かと思うけれど、現実的には難しいんじゃないかな。
言うは易く、行うは難しで、これを本当に実現しようとするなら日本は今後、劇的な経済成長をしないと、きっと掛け声だけで終わることになる。
また、これほど人口減少が進む中で経済成長をさせようと考えれば、相当するだけの生産性を上げるしかなく、それは必然的に生産性や利益率の低いゾンビ企業を淘汰することになるのも自明だと思う。
つづく