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愛を叫ぶとか愛が救うとかってなにごと?

・おはようございます!

・今日は先月忘れ去っていた無料日記をアレします!!!

・昨日、サブスクのコミュニティ(インスタのプロフィール欄から参加したい方はぜひー!みんなで「え?こんなことまで?!」というようないろんなことを語り合っています!)で、「愛の定義」についてお話ししてましたけど、わたしは「愛」と「恋愛」は違う、と書いたんです。そして、どちらかが崇高で、どちらかが低俗である、というのもわたしは一切なく、どちらも同じように必要だ、と。

・最初に言っておきますが、わたしは「今この瞬間なんとなくポジティブ!なんとなくふわーっといい気分になる!」ような綺麗事を一切書いておりませんのでその辺ご了承いただける方だけ読み進めてください。わたしは現実に活用できないような事をあまり提供したくないので、、、!

・あ、Likeじゃない、Loveだよ、とか中学生はまだ言ってんのかな???

・さて!わかりやすく、今日はここ用にその「愛」と「恋愛」の図を書こうかな、と思ったんですけど、逆に図にすると文字が多すぎてごちゃごちゃしすぎるのでやめました。ということで、言葉で説明!!!

・最初に言っときます。「愛」はまずデカい。くくりがデカすぎる言葉第一位ではないでしょうか。あと、素晴らしいもの!というイメージが先行しすぎてなんか遠慮が発生している。わかります?「いえいえ、うちのなんかまだまだ”愛”なんて呼べませんから」みたいな。ありません???ない???

・では!まずわたしなりの一番わかりやすい世間で呼ばれているであろう「愛」に近いものはイメージ的には無条件の母から子供、子供から親への愛かな、と思います。
□安定した相手への寛容さ。
□顔が綺麗だから、性格がいいから、自分を大事にしてくれるから、とかではなく、ただただ相手の存在自体を大切にしている。
□絶対的な安心感。
□強力なアタッチメントがある(執着、は悪い意味で使われがちなので、ここではアタッチメント、と言います)。

・そして、「愛」の対象ですが、パートナー、家族、友人、信仰、場所、もの、動物、いろいろあると思います。ここも恋愛とは違うところ。恋愛は一人だろうが、複数だろうが、その相手(人間)のみ、ですもんね。たまにハイヒールフェチみたいな人もいますが、、、それはまた置いといて、、、。その話もします?え?いいですね。

・そして、その「愛」の種類の1つである、「恋愛」。恋愛は主に性的欲求が含まれていますが、それは「愛ではない」と言う人もいます。だけど、わたしは立派な愛の中の1つ、だと思っています。人間が他者を愛する、という活動の中で性的衝動に突き動かされてようがなんだろうが、我々の遺伝子に組み込まれているんですよ、、、!「恋愛」、結構大事でしょ!!!

・わたしの思う「恋愛」はこんな感じ。
□興奮、刺激的。
□顔がタイプ、性格がいいなどの条件も大切。
□性的なつながりがある(プラトニックだとしても相手にそういう魅力を感じている、ということ)。
□感情が安定しにくい(人は恋に落ちると脳みそが猿レベルになる!期間限定モンキー化、最高!!!)。

・この「恋愛」ですけど、時間の経過によってうまくいけば主に2つの方向へ変化すると思っています。1つがいわゆる上に書いたような「愛」。もう1つの恋愛の行方は「友情」。ここで言いたいのは、「友情」も「愛」の中の1つなんですよ!!!!!!

・この2つ、どちらも成功例の場合、です。嫌いになって別れる、のはまた別です。わたしの元カレとの関係はどちらかと言うと「友情」に変化しました。2年超えて付き合った人たちはみんな友達的な感覚になっちゃってセックスできなくなったもんな〜。嫌いになって、とかじゃないんです。別に友人としては全然付き合えるぐらいの感じだけど、お互いの新しいパートナーでそれを嫌がる人が多いだろうと思うのでその辺の配慮で友達にはなりませんが。

・ここで注意!恋人とかパートナーだから「恋愛」から「愛」に移行しなきゃいけない!「愛」が一番いいもの!と思い込んでる人たちもたくさんいると思いますが、それはわたしは「ほんとかな〜?」とか、理想論では、、、と思っています。それができるといいんだけど、できない(そうならない)場合もあるわけで。というか、子供に対する無償オブ無償の愛と、パートナーへの愛が違うのは当たり前では、、、、、、、。パートナーは自分の子供でもなんでもないんだし、、、。あ、わたしは、ですよ、わたしは。そう思ってるからプレッシャーとか「愛」に振り回されることがないのかも。さっきも言ったように、友人としての「友愛」は湧く。だけど、無条件の愛、には今までの相手にはならなかった。だってパートナーが歯磨きしなくなった、お風呂入らなくなった、嫌な態度を取ってくるようになった、として愛せるか、と言われたら愛せる自信ないですもん。これから出会う人にはそれが湧いてくるかもしれないけど、それも別にどっちでもいい、と思っています。その嫌な態度を取ってくる人との関係から抜け出すかどうかも、自分の自分に対する自信とか、状況にもよりますしね。そこから抜けない=愛、なのか?とも思うし。

・そもそも「愛」なんていうのは結果論なので。無理矢理「付き合う人、全て”愛”に持っていかなければ、、、、!」とかはなく、自分の感情に素直でいたいです!これも何かを始める時に「成功しなければ、、、!」と思うのと似てますよね。成功も愛も、たまたまの結果ですから。愛を目指して誰かを好きになるものではないんじゃないかと思います。

・そして、この親子でもなんでもない、いわば赤の他人であるパートナー間の関係を長続きさせるためには「恋愛」と「愛」の両方が必要。お互いに興味を持ち続け、メンテナンスし続ける、ということが必要なのではないのかな?と思います。そのメンテナンスの仕方は人それぞれだろうけど、メンテナンスしないとどうなるのか、皆さん経験済みだったり、話を聞いたりしてると思います。わたしもよーーーーーくわかる。長続きしてても、お互いのことを「魅力もなんも感じないけど、なんかあった時に都合のいい相手」ぐらいにしか思ってない、というアレじゃないですよ。ちゃんとお互いにロマンチックな魅力を感じていて、大切にしあっているカップルの話です。

・あと、「愛」にしろ、「恋愛」にしろ、健全なものと、不健全なものがあります。ここもややこしいですねえ。親子間でもパートナー間でも虐待なんかが含まれたらそれは不健全だろうし、健全なものにしようと思うと、お互いの精神の安定感も大事になってきますもんね。

・っていうか、最後にめっちゃ「え?」っていうことを言いますけど、この、恋愛の方ではない、デカいくくりの「愛」の方、、、、、、、「幸せ」とか「悟り」と同じで過大評価されすぎじゃないです???個人的には「愛」とかあんまり考えたことないし、これからも考えないんだろうなと思います。目の前の人が好き!とか、子供大事!とか、犬最高!とか、地球に生まれてよかったー!!!!!!とか、わたしにとってはそんなんで良い。そんなんが心地いい。愛とかなんとかちょっと偉そうでわたしには向いてないのかもしれない。

・あ、けど、「愛だろ、愛」みたいなノリは好きです。ふざけて楽しく使うやつ。基本的に博愛的な人間に憧れを持たないタイプの人間なので、リアルにデカい愛はそういうタイプの人たち、例えばマザーテレサやらダライラマに任せてます。それよりわたしは人間なので人間らしく、素直に「あいつ腹たつー!まじで嫌いだわ〜!」とか、「あの人ほんと最高(今だけだろうけど、今後も続けばいいな、、、!)!!!!!!!」とか思いながら地に足つけまくって生きていきたい次第です。

・という感じで、こんなことやあんなこと、色々なことを改めて考えるきっかけになるようなことだったり、こういう考え方もありまっせ的なお話をしてみたり、普通だったら超プライベートの親友ぐらいにしか話さないような内容のことを書いたりしております。こんな人もいるんだ、、、!と知ることであなたの閉じていた自由の扉が開くかも、、、!!!月イチで無料日記も書いておりますのでそちらをフォローしてもらうも良し、ハートを押してもらうも良し、月に何日分か読むんだったら定期購読がお得なので定期購読してもらうのも嬉しいです〜!!!いつでもキャンセルできる!!!よろしくお願いしまーす!!!読んでくれてありがとうございましたー!!!今日も皆さん、愛ですよ!!!!!!!←結局このぐらいのカジュアルさがしっくりきます。

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