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寝不足の朝、声の記憶 | Jul.3

時間制限付きで集中して書いたせいか、昨晩は明け方まで眠れなかった。
頭の回転に慣性の法則が適用されるのかどうかは知らないが、ブレーキをかけてもスピードが落ちる気配はなく、ようやく眠れそうになった時には空は明るくなっていた。

5時半くらいに眠りに落ちたものの、目が覚めたのは3時間も経っていない8時前。
過度な寝不足はポンコツの心臓には良くないのだが、目が覚めた瞬間にはすでに頭の中は準備オーケーのグリーンランプが点いている。
これではただ仮眠しただけじゃないかと思いつつ、枕元のノートを開いて、すっかり習慣になった夢の記録を付けた。

すべてを覚えているわけではないのだが、3時間の短い睡眠中、ずっと夢を見ていたような気がする。
ノートに記した夢の記録を見ると、そう思えるほど話が繋がっていて、途切れていない。
もし本当に長い夢を見ていたのだとしたら、今日はずっと浅いレム睡眠のままだったということだ。情報の整理もされず、脳にとっては徹夜しているのと同じ状態になっているのかもしれない。そう気が付いて、今日は慎重にいかねばならぬと肝に命じた(頭はぼーっとしていたけれど)。

それにしても夢というのは不思議なものだ。
支離滅裂かと思えば、やたらと具体的で、昨日初めて会った人と、長く会ってない人が同時に出てきても、不思議とも思わない。
誰もが同じだけ時間を共にしているような感覚で、変な言い方だけど夢に出てくる人たちは誰もが平等に公平に時間を経て、夢の中で僕と邂逅している感じだ。

今朝方の夢にも、もう30年近く会っていない友達が出てきた。
彼らの姿は30年前そのものもだった。経年変化は夢には及ばないらしい。彼らと現実に再開して、記憶が上書きされるまでは、彼らは30年前の姿に固定されたままなのだろう。
そして声。
彼らの声もまた30年間耳にしていない。それなのに、背後から声をかけられれば、その声の主が誰であるのか、夢の中の僕にはちゃんと認識できる。しかもそれは現実に彼らが発する声そのものなのだ。

顔は覚えているのに、名前が出てこないのは、脳の中で記憶する場所が違うかららしい。
有害無害を判別する情報として、顔は長く記憶されるが、個体識別の付随情報でしかない名前は短期記憶として容量の少ないエリアに書き込まれ、一定の間に更新されないと、上書きされてしまうのだそうだ。
では声はいったいどう記憶されているのだろうか。
寝不足のまま目覚めたばかりで靄がかかったような頭のまま、不思議さだけが残っていた。

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樹 恒近
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