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1月:シンお雑煮【短編小説】1400文字

離婚をするなら12月と決めていた。
否応にも清々しさと、気持ちを新たにさせようとする風がどことなく吹く1月。
ズルズルと余韻を引きずるのは好きじゃない。
パッと結婚したように、パッと独身に戻ろうと思った。

住んでいたのは彼名義の部屋だったのでちょうどよかった。
既に新しい部屋は借りていたので、有休をつかってコソコソと荷物を運んだ。彼は本棚からごっそり本が無くなって部屋に穴が開いていようと、服が減ってクローゼットの中の見晴らしが良くなっていようと、何も尋ねてこなかった。
お互い仕事納めの日、私はまた有休を取った。
役所でもらってきた離婚届は、一人で食事した方が多かった4人掛けのダイニングテーブルの上ではなく、茶色の封筒の宛名に彼の名前を書いて、郵便受けに入れた。
郵便受けから中身を回収するのが彼の日課だったから。
裏には、覚えているだろうか?私の名前を書いた。

新しい部屋で迎える新年にワクワクした。
大晦日にデパ地下で金箔入りの日本酒を買い、その勢いでソムリエに選んでもらって赤ワインを買った。
夕方にはネットで注文したおせちとローストビーフとアイスクリームが届く。
一人で過ごすのは初めてだった。
結婚する前の年末年始は実家に帰っていたし、結婚してからは義実家に行っていた。
飛行機に乗って、ここより暖かい義実家にもう行くことはないと思うと、少し自分の世界が狭くなったような気がしたが、リモコンで動画配信サービスから年越しの相棒を選ぶうちに、ボーナスで買った60インチの世界に夢中になっていった。

仕事始めの4日はまた有休を取った。もう4月まで片手ほどしか残っていないだろう。
年が明けてから初めて外に出た。
店頭に貼られている新春のチラシと速足のサラリーマンから祭りのあとを感じつつ、トートバッグを揺らして商店街に入っていく。
今日も休みなのか、そもそも営業はもうしていないのか、わからない店もいくつかある。
開いていた商店で白味噌を買い、そそくさと戻った。

お雑煮を食べていないことに気付いたのが4日だった。
2日にはおせちを空にして、赤ワインを舐めながらローストビーフをつまむのにも飽きてきた頃、おせちのおまけとして入っていた餅を見つけた。
実家でも義実家でも1日の朝はお雑煮だった。
すまし仕立てのお雑煮は一緒で具も似たようなものが入っていた、と思う。
角餅と丸餅の違いがあり、義実家で1日を迎えていた頃は毎年飽きずにこの話をしていた。お正月話題の定番だった。
おまけの餅は角型の昆布餅だった。
すまし仕立てはおしまいにしよう。

具材は年末に豚汁を作るために買った余りの野菜を使う。
コロンと手のひらにのせた里芋のフワフワな毛がくすぐったい。
つるんと手から逃げないように気を付けて包丁で皮を剥いていく。
人参は輪切りにした。
包丁で飾り切りにでもしようかと思ったが、花型を持っていたことを思い出してそれを使った。
干し椎茸の戻し汁が薄い飴色に輝いている。愛用していたミルクパンに昆布だしと一緒にして、具材を煮た。
余っていた豚小間も入れてみると、新しい扉が開くようでワクワクした。

新品の見た目が可愛いトースターで餅を焼き、持ってきていたお椀によそった。食器も一新していいだろうか。
だしのいい香りが鼻に届き、白味噌をゆっくりと溶かし入れる。
お椀の餅にお玉でかけ湯をするように汁を注ぎ入れ、具を載せていき、最後に別に茹でておいた小松菜を飾る。
余った分はお浸しにしよう。

豊かで幸福な香りに包まれて、私の新しい年が始まる。

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