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【小説】ピエロなシエロのおかしなおはなし Part.32(完)
〜甘い後日談〜
寂れた道を散歩しているのは、トレードマークの大きなまん丸の帽子を被った魔女でした。
そよ風に揺れる木々から漏れ出る木漏れ日に、まん丸のメガネをキラキラと輝かせています。
鼻歌を歌い上機嫌に歩いているその魔女はどこを目指しているのでしょうか。
時折通り過ぎる人々は皆、なんだか頬を緩め幸せそうな顔をしています。
錆びついた門が傾く家の角を曲がり、緩やかな坂道を登っていくと、そこには小さな公園がありました。
「シニー、後ろ!見てみろよ!」
右肩に乗せた木の人形が楽しげに声を上げました。
少し立ち止まって後ろを振り返ってみると、ラティリアの街が一望でき海に流れる波々は陽の光を浴びてキラキラと輝きを放っています。
なんて綺麗な眺めなんでしょうか。
魔女はなんだか得をした気分になって、鼻歌のボリュームが少しだけ上がったようです。
新芽が萌えるアーチ状の裏道を通り抜けると、ありました。
最近新しく作られたであろうまだ綺麗な看板は、暖かい日差しにウトウトとしています。
『ミセス・ショコラ』
真っ白な建物に金縁のラインが走るそのお店は、どうやら新しく生まれ変わったようです。
「へー。スッゲェなぁ。大人気じゃん」
パタムールの言う通り、こんなにも寂れた場所にあるというのに、どうやらお店は大盛況のようです。
決して大きくはないお店の中は、たくさんのお客さんでごった返していました。
「いらっしゃいませ。・・・あら!」
シニーが店に立ち入ると、案内に来た店員の女性が驚いた様子で笑顔を浮かべました。
「よっ!」と手を上げるパタムール。
「久しぶり。来ちゃった」
ペロリと舌を出して見せたシニーにその女性は駆け寄ると思いっきりハグをしました。
「来るなら知らせてくれたらよかったのに」
お客さんの前だというのに恥ずかしい。
シニーはそんなことを思いながらも、ルーフェの子供みたいな無邪気な行動に思わず笑みをこぼしました。
「どうぞ、座って。ちょっとシエロ呼んでくるから、メニューでも見てて」
ルーフェはそう言うとルンルンとバックヤードの方へと引き上げていきました。
元々はシエロの母ウカが営むお持ち帰り専用のガトーショコラ専門店だったミセス・ショコラ。
今ではルーフェとシエロが引き継ぎ、ケーキ屋さん兼カフェとして営業しているようです。
元々人気店ではあったようですが、今ではさらなる発展を遂げたようで、随分と年季の入っていた建物も今ではすっかりと新しくなり、古き良きそよ風と新たなる渡り風が相まった素晴らしいお店へと進化を遂げていました。
「モダン・ヴィンテージってやつね」
シニーはメニュー表を見ながら、関心したようにそう呟きました。
「モダン・・・なんだって?」
パタムールは聞き慣れない言葉にはてなを持て余しているようです。
ふふっと笑うのみでそれには答えず、さてどれにしたものか、とよだれが出るのを我慢しながらメニューを眺めていると、お客さんの間を縫ってルーフェが現れました。
「ごめん、ちょっと今手が離せないって。少ししたら空くと思うんだけど」
確かにお店は随分と忙しそうです。レジでお客様の対応をしている若い女の子は、ひっきりなしに現れるお客様にあくせくしているようです。
ルーフェは肩をすくめてそう言うと「これがおすすめよ」と『チーズを使わないレアチーズケーキ風ガトーショコラ』と書かれた可愛らしいケーキの絵を指さしました。
「なら、それとカモミールティーをいただくわ。パタムール用にバターなんて、あるかしらね?あぁ、それと、ハート多めで」
そう言って飛ばしたウィンクは小さなハート型をしていました。
ルーフェはそのハートを確かに受け取ると、にっこりと頷きその場を離れます。
ガヤガヤと人々の笑顔でごった返す店内には、柔らかな空気が優しく流れており、幸せそうな匂いに包まれています。
なんて素晴らしいお店なんだろう。
柔らかい気持ちになったシニーはほんわりと心地よく時間を過ごしていました。
「お待たせしました」
半ばウトウトとしていたシニーの耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきました。
「シエロ!」
パタムールが嬉しそうに声を上げ、その声の主の方へと飛び寄ります。
「お、おい。危ないぞ」
危うく手にしていた盆をひっくり返しそうになりながらも、シエロは嬉しそうに笑います。
「ひっさしぶりだなぁ。元気だったか!」
パタムールは本当に嬉しそうに元鞘の上で飛び跳ねています。
「お前こそ。魔女の虐められてないだろうな」
ニヤニヤとそう言ってシエロはシニーの目の前にガトーショコラと紅茶を差し出します。
「失礼しちゃうわ」
ふんっとつっけんどんにそっぽを向いたシニーでしたが、口元はニヤニヤと緩んでいます。
「どうぞ、ごゆるりとお楽しみください」
シエロはそう言うと優雅にお辞儀をし、静かにその場を去っていきました。
目の前には美味しそうなガトーショコラとカモミールティーがこちらを覗き込んでいます。
「さて、それじゃいただきましょうか」
パタムールの目の前には小さなお皿にこんもりとバターの山が聳え立っています。
いただきます、も言わずにパタムールはそのバターの山へと飛び込んでいきました。
まったくもう、と呆れた様子で紅茶をすすった魔女はホッと一息、思わず息がこぼれます。
今か今かと待ち侘びているガトーショコラにそっとフォークを滑らせると、まるで絹のように柔らかな感触が伝わってきます。
シニーはワクワクする心を抑え、ほんの少しだけ、上品に口の中へと運びました。
「・・・あぁ、美味しい」
昼下がりの午後、魔女は静かに、贅沢で美しい時間を送っていました。
おわり。