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連載小説『ベンチからの景色』8話

ナミは二人の元へ来ると、
「いい加減にしてもらえますか!
 忖度でうちに仕事くれても
 社内で先輩の評価は下がる一方なんですよ!
 おまけにそうやって恩を着せて先輩に迫るなんて最低です!」
とユウキに喰ってかかった。
「ありがとう。でも大丈夫だから、ほんとに」
キョウコがなだめてもナミの怒りは収まらず、
仕方なくアツヤを呼んでナミを連れて行ってもらった。
「マヤマがすみません。では、今日はありがとうございました」
と挨拶をして急いで二人を追いかけていくキョウコの背中に
「食事の件、忘れないでくださいよ!」
とユウキは念を押した。

「マヤマさんがあんな風に考えてくれてたなんて…ありがとう」
キョウコはナミを抱きしめた。
「困ってることがあったら言ってくださいね」
「オレたち微力ながらも全面的に応援しますから」
キョウコは涙が出そうなくらい嬉しかった。
「でも大丈夫。そう簡単には負けないから。
 だってこんなに頼もしい二人がいるから」

久しぶりに勉強会に参加したキョウコはどこか落ち着きがなかった。
なぜならタクヤと会うのはあの夜以来だったからだ。
タクヤもいつに無く落ち着きがなかった。それを見たアツヤは
「なんか二人とも変ですよ。何かあったんですか?」
思ったままストレートに聞いた。
「何訳わかんないこと言ってるの!」
と慌てるキョウコに同調するようにタクヤは
「そ、それはそうとプレゼンどうだった?」
と話題を変えにいった。
するとまんまとアツヤは話に乗って
「ダメでした」
と答えた。
「でもミタカ君の企画は評判良かったじゃない」
「オオタニさんにだけですけどね。
 あ、でも手応えは感じたので、やって良かったかな」
とちょっと嬉しそうに話した。
そんなアツヤにタクヤは
「ここ数ヶ月でだいふ成長してるから、こらからだよ」
とエールを送った。

「今日はありがとう」
「会う度に誘ってくるから、一度食事ぐらいしておかないとね。
 じゃないとまたマヤマが怒鳴り込みに行っちゃうし」
キョウコがそう言うとユウキは苦笑した。
「彼女の迫力はすごかった。すごく慕われてるんだね」
「だから、私に変なことすると命はないわよ」
お見合いの時とは打って変わって、和やかなムードで始まった。

「何を聞いてもはぐらかすんだなー」
ユウキが呆れかえっていると、
「だってまだあなたに気を許したわけじゃないから」
「あんなに企画をフォローしたのに、まだ気を許してくれないのかー」
「本気で言ってるの?」
「冗談だよ。あれは僕の本音」
ユウキはそう言うと少し真面目なトーンで
「会社を変えたいんだよね」
と呟いた。

ユウキの会社はまだ古い体質が残る保守的なところがある。
これから生き残っていくためには改善が必要だけれど、
社員全員が納得しなければ意味がない。
そのために対話をしようと試みてはいるけれど、
なかなか本音で話ができない。
というのも、仕事で何も成していないユウキは
皆からしてみれば今はただの社長の息子でしかない。
そんな相手に本音なんて言うわけはないからだ。
だからなんとしても成果を上げて
一社員として対等に話ができる立場になろうと
今必死に頑張っているのだと言う。
「焦りもあってたまにああやって暴走して衝突しちゃうんだよなぁ」
と反省しながら頭を掻いた。
キョウコは
(この人もレッテルと闘ってるんだ)
と自分と似た境遇のユウキに共感を覚えた。
「少しは見直した」
「本当に?じゃあ…」
「じゃあ、ってなに? 付き合うなんて一言も言ってないわよ」
キョウコは笑った。

「今日はごちそうさま」
「じゃあ、また」
「また、は当分ないと思うわ。
 私もまだまだレッテルと闘わなくちゃならないし、
 それまであのコたちに心配かけたくないから」

ユウキと別れたキョウコは空を見上げた。
輝く星にいろいろな人の顔が浮かんでくる。
こんなに多くの人に支えられているんだと思うと、
ここで逃げるわけにはいかないと心に強く誓った。

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