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連載小説『ベンチからの景色』2話

緊急女子会が開かれることになった。
「さあキョウコ、私たちに詳しく説明しなさい」
乾杯もそこそこに、マミコからの厳しい追及が始まった。
サラもいつにはなく身を乗り出してキョウコの言葉を待っている。
「隠してたわけじゃないの。片思いってほどでもなかったから…」
二人からのプレッシャーで、キョウコの声は次第に小さくなる。
それでも、公園のこと、ベンチのこと、
そこから見ていた彼のことを話した。
「で?」
「で、って?」
「アドレスを交換したんでしょ?」
キョウコは彼から一度だけメールが来て、たわいも無い話をしたこと、
今度また皆で飲みに行こうと誘われたことを話した。
「順調じゃん!じゃあ、キョウコはすぐにでも飲み会をセッティングして。
 こちらも都合を合わせるようにするから」
マミコに促されるように、その夜早速リョウにメールを送った。
「こちらも都合を聞いてみるよ」
リョウは喜んでそう言ってくれた。

翌日、キョウコが所属するプロモーション部では会議が行われた。
最後に部長が
「ミタさんも4年目なんだから、
 先輩の企画をまとめるだけじゃなく、企画を出してみなさい」
と言うと、
「じゃあ、来週の店頭プロモーションのプレゼン、
 ミタさんにも企画を出してくれ」
上司は部長の意見を即実行に移し、キョウコに言った。
(よし!)
常日頃、コネ入社というレッテルを成果を出すことで
払拭したいと考えているキョウコにとって、
これはまさに絶好のチャンスだった。
キョウコは会議室を出るとさっそく企画書に取り掛かった。
抱えている仕事をこなしながら昼も就業後も時間を費やし、
カタチにしては先輩にチェックをお願いした。
ダメ出しが続く。
しかしどこがダメだかアドバイスを求めても
「自分で考えろ」と言うばかり。
先輩たちが作った企画書と見比べ、
店頭にも足を運び修正を重ねて再びチェックを受けるが、
「ダメだ」で突き返されるの繰り返しが続く。
もうどうしていいかわからなかった。

そんな頭を抱える日々が続いたある日、
いつものベンチでランチを取りながら企画書を見返していたら、
突風が吹き企画書が飛ばされた。
慌てて拾い集めていると、
その内の数枚が隣の“先約の男”の弁当の上に落ちていることに気づいた。
「ごめんなさい!」
男はその紙を手に取り見ていた。
「面白そうな企画だなぁ」
そうボソっと呟いた。
藁をも掴みたいキョウコはその言葉を聞き逃さず、
「ダメところ教えてください!」
と反射的に頭を下げてお願いをした。
男は軽く微笑んで
「企画書見せて」
とキョウコに手を差し出した。
慌てて集めた紙をまとめて手渡すと、
しばらくして
「企画はユニークでいいと思うけど、展開がちょっと」
と企画書を差し戻しながらアドバスをした。
キョウコはここぞとばかりに質問をした。
“先約の男”はその質問一つ一つに丁寧に答えてくれた。
「明日、また見てください!」
キョウコはそうお願いをすると、嫌な顔を見せずに
「いいよ」
と答えてくれた。

「最近忙しそうだね」
「なかなか連絡できなくてごめんなさい。
大事な仕事に取り掛かっていて…」
「そいうゆうことなら、落ち着くまで連絡は控えようよ」
辛い日々が続く中で、リョウの優しさは心に染みた。

翌日、“先約の男”に企画書を見せた。
「だいぶ良くなったね」
笑顔で答えてくれた。
「ほんとですかー?!」
キョウコは喜んだ。
「あとはもう少しストーリー仕立てにしたほうが、
 相手は受け入れやすくなると思うよ。例えば…」
そう言って、企画書を広げていたキョウコの横から
指を差しながら細かくアドバイスをしてくれた。
その言葉を側で聞きながら、
キョウコは遥か昔のある出来事を思い出していた。

キョウコは中高一貫の学校に通っていた。
ここでは毎年1回、高校3年生が8人ぐらいのグループに分かれ、
中学1年生から高校2年生までの全クラスに赴き
1日を共に行動するという行事があった。
授業中は先生のサポートで分からない生徒の指導をして、
昼食や掃除は一緒で下級生とコミュニケーションを図るというもの。

キョウコが照れながら手を挙げると、
たまたま生徒会長のシンジョウタクヤがやってきた。
学年一の成績で、スポーツ万能の所謂レジェンドと呼ばれている彼は、
中学一年生の間でもファンがいるほど人気は校内一。
このクラスに来たことだけでも一部の生徒から悲鳴が上がる彼が
キョウコのもとへ来たものだから、
女子生徒の羨望の的となった。
「どこがわからないの?」
男性から声を掛けられたことさえ初めてなのに、
初めての相手がシンジョウ先輩となれば
緊張しないわけがない。
「こ、ここがちょっと…」
声が小さ過ぎて聞き取れないため彼の顔がキョウコに一層近づく。
キョウコは気を失いそうになりながらも
何とか分からない箇所を伝えた。
「例えば…」
先輩は優しい声で丁寧に
キョウコが分かるまで根気よく教えてくれた。

15年前に間近で盗み見た彼の顔やふわっと香る匂いなど、
あの時の状況がまるで昨日のことみたいに思い出された。
「そうすれば、あとは大丈夫」
“先約の男”の声で現実に引き戻された。
「あ、ありがとうございます」
ランチを終えると最終修正に取り掛かった。
それを手に先輩にチェックを仰ぐと、
「まあ、いいんじゃないか」
と言われて、心の中でガッツポーズをした。
クライアントに評価されなければ意味がないことは分かってはいたけれど、
初の企画書を書き上げた安堵感と、達成感は隠しきれなかった。

その夜、早速リョウにメールをした。
「お疲れ様」
労いの言葉が嬉しかった。
早速飲み会の日程について話し合い、
明日また具体的に擦り合せることになった。

翌日昼、いつもより急いでベンチへ向かうが、
“先約の男”はいなかった。
たまたまだろうとその時はそう思ったけれど、
その翌日も彼はベンチにはいなかった。
(会ってお礼が言いたい)
いつも当たり前のようにそこにいて邪魔くさくも感じていたのに、
いざいなくなるとこんなにも寂しい気持ちになるとは
キョウコは思ってもみなかった。

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