薬膳cafe五花 7月:夏のランチプレート #8
「あち〜 あち〜… あっちいよー」
私は買って来た荷物をキッチンテーブルにドサッと置き、思わず声を出した。
梅雨が明け、太陽が容赦なく照りつけうだるような暑さが続いている。
青空とくっきりもくもくの入道雲
ジリジリジリジリジリ……
お店と近所の八百屋を往復しただけで、汗が吹き出す。
とりあえず、水分補給しなきゃ…
やかんからはと麦茶をコップに注ぎ、ごくごく飲み干す。
一息ついたら、本気出さなきゃ…。
今日は定休日だが、午後からフリーペーパーの取材が来るのだ。
地域のおすすめカフェで紹介されるそうだ。
そういうオファーは初めてなので、朝から緊張している。
𓂃◌𓈒𓐍
店の前まで来たと連絡があり、鍵を開けると人懐っこい笑顔の若い女性が立っていた。
「こんにちは〜。今日はよろしくお願いします」
カバンからハンカチを出して額の汗をぬぐっている。
「よろしくお願いします。暑いですよね〜。どうぞ入って下さい。冷たいお茶をご用意しますので、好きなところにお掛けください」
「ありがとうございます。失礼します」
𓂃◌𓈒𓐍
「はぁー、生き返りました!!あっ、申し遅れました、私はこういうものです」
女性は大きなコップに淹れた、はと麦茶を飲み干すと、胸の内ポケットから名刺を取り出し渡してくれた。
『ライター兼フォトグラファー ジャスミン』
と書かれている。
ジャ、ジャスミンさん……
素敵な名前…
私も作ったばかりの名刺を渡した。
『薬膳cafe 五花 店長 いつか』
「よろしくお願いいたします」
「いつかさん!素敵な名前ですね」
ジャスミンさんは名刺に目を落とした。
「本名じゃないですけどね」
と笑っていうと言うと
「もちろん、私もです」
ジャスミンさんもクスッと笑った。
𓂃◌𓈒𓐍
まず写真撮影から進めるとのことで、作っておいた料理をプレートに盛り付けテーブルに運んだ。
「夏のランチプレートになります」
「わぁ、美味しそう。写真撮っていきますね」
ジャスミンさんはバッグの中から一眼レフのカメラとコンパクトなライトを取り出しセッティングし、手慣れた動作で撮りだした。
「このお花も入れていいですか?」
カウンターに飾ってあるミニひまわりとパイナップルリリーを見ている。
「もちろん。どうぞ〜」
花瓶ごと持って来て、プレートの近くに置いた。
「いいですね〜」と何度も声をかけながら角度を変えて撮っているので、私の作った料理が、モデルさんにでもなったようだ。
撮影が終わり、今度はノートパソコンを準備している。
「いつかさん、まず薬膳について簡単に説明をお願いします」
「はい。薬膳というと生薬を使った料理というイメージがあるかも知れませんね。確かにそういう料理もありますが、薬膳の考え方を学べば、身近なスーパーで食材をチョイスして献立に役立てる事ができます」
「そうなんですね。確かに、薬膳と聞くと薬臭いのかな?って一瞬思いますもんね」
カタカタ入力する手を止めてジャスミンさんが頷きながら言った。
眼鏡の奥の大きな目はいきいきとこちらを見ている。
「今日のメニューは、ご家庭の食卓に上りそうな料理ばかりなんですが、なにげに、旬や季節、陰陽や寒熱、味のバランスを意識しました」
「陰陽!」
さらっと言ったつもりがやはり鋭い。
「資格を取るにあたって、中医学を学んだんです。陰陽五行、食材の特徴から、中薬、方剤、診断学など科目が分かれていまして。一言では語れないんですよね。難しいけど、学ぶと新しい視点が加わって前より自分を労われるようになりました。栄養についても前より調べるようになりましたよ」
「詳しくありがとうございます。記事にはほんの少ししか書けないかもしれませんが。勉強になります」
「本当ですか?なかなかアウトプット出来なくて」
「そうなんですか。ワークショップとかイベントがあれば私また来ます!」
嬉しい事を言ってくれて小躍りしたくなった。
𓂃◌𓈒𓐍
「お昼は食べられましたか?」
「いえ、まだ食べてないんです」
「よかったら、新しくすぐ用意するんで食べて行かれません?」
「わ。嬉しいです。お願いします」
自分より一回りは軽くお若いだろうな。
快活で気持ちが良い。
時折おいしいです!と料理を褒めてくれながら、店を出した動機やいきさつについても上手に聞き出してくれた。
緊張の糸もほどけて、自分にしては饒舌に話せた。
「最後にお客さまへひとことお願いします」
「えーっと…。ほっと出来る空間作りを目指しています。薬膳に興味がある方もない方もお気軽にお越しください。あ、あと。夜の部で手伝ってくれるアルバイトさん募集中でーす!」
無意識に両手を胸のところで振り振りしていると
「いつかさん、動画じゃないので」
とつっこまれた。
「あはっ!確かに!」」
顔を見合わせて思わず笑ってしまった。
𓂃◌𓈒𓐍
「フリーペーパーが出来あがったらまた持って来ますね。バズるかもしれませんよぉ〜!」
「えっ!バズっ!どうしましょう」
地域のフリーペーパーじゃなかったっけ?
と思いつつ、大忙しなところを想像してしまった。
ジャスミンさんはいたずらっぽく笑っている。
「今度は美味しいジャスミンティーをお出ししますからまた来てくださいね」
一瞬ポカンとしていたが、あははと笑っている。
「はい、楽しみにしています。ご協力本当にありがとございました」
「こちらこそありがとうございました」
大きな荷物を小脇にかかえ、ぺこりとお辞儀して、ジャスミンさんは帰っていった。
バズったら、どうしよう……。
私は夏の歌を口ずさみながら、後片付けにとりかかった。
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𖤐薬膳メモ𖤐
●赤紫蘇ジュース🥤…赤紫蘇は古来から薬草として使われていた。初期感冒や解熱、悪寒などに使われてきた。
●とうもろこしご飯…とうもろこしは胃腸の働きを整える。身体に停滞した余分な水分を排出しやすいとうもろこしの髭も細かく切って炊き込んでいる。
●苦瓜と豚肉の炒め物…ゴーヤは苦味があるが、苦味は体の熱を取ったり、神経の興奮を鎮めるとされ、夏にぴったりの食材である。
豚肉は潤いを補いたい時に。
●トマトと卵の炒め物…トマトは身体の余分な熱を冷ます、渇きを潤し、卵は汗で失いがちな気血を補う。
●しじみ汁…しじみは寒性の食材のため身体を冷やす作用があり夏におすすめ。ただし冷やすばかりでバランスが悪いため温めるネギを散らすなど薬味で工夫するとよい。
●白きくらげと蓮の実のはちみつレモンかけ…美容に人一倍うるさかったと言われる楊貴妃が愛した白きくらげと精神の安定に良いとされる蓮の実をコトコト煮たプチデザート
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