短編小説:忘れないことと忘れたこと

解く、解く、解く。
マル、マル、マル。

1年前より成績が上がって、県でも有数の進学校の合格も視野に入っている。テストの度に合格への自信がつく。学校の先生、塾講師、両親、友達、親戚に至るまで、みんなが自分の進学を気にかけてくれている。有難いことだと心からそう思う。でも。

ーーーなんか、どうでもいい。

始めは、勉強が分からないなりに楽しかった。間違えた問題も先生の解説を聞くと、自分が成長したと感じた。知らないことを知ると、新しい世界が広がった気がして嬉しかった。

ーーーいつからだろう、楽しくなくなったのは。

三者面談の時には通知表の成績も上がっていたが、「毎日勉強を頑張ってて偉い生徒」と勉強に対する意欲を褒められた。結果じゃなくて、自分を見ていてくれている気がして嬉しかった。親も誇らしげだった。

ーーーああ、多分、あのときぐらいか。

ある時を境に、成績は横ばいになった。200人中、50位辺りで止まってしまった。勉強が嫌いになった訳ではないし、別に夢中になったものもない。むしろ、机に向かう時間は増えた。分かっている、理由は明白だった。

ーーーテストに出ない範囲を勉強し始めた時か。

勉強をしていると、テスト範囲から脱線することが極端に増えた。知らない言語、知らない現象、知らない世界、知らない人物…。この世界は、知らないことで出来ている。知らないことを知ることが勉強だったため、先生にも専門外の分からないことが増殖しだした。

ーーーたしか、バカって言われたんだっけ。

クラスメイトの小さな愚痴だった。テストとは関係のない範囲を勉強している人がいると、誰でもそう思うだろう。知りたいことが知れることが楽しかった、ただそれだけだった。それだけなのに。

ーーー自分がおかしいって、思いもしなかった。

勉強を否定したのはクラスメイトだけでなく、先生や両親もだった。「勉強するのはいいことだけど、受験に向けて勉強なさい」と、皆が口を揃えた。
間違えていたのは、多分、自分だった。

ーーーあれから、もう1年経つのか。

そこから、勉強することはあれどテストに向けた対策がほとんどだった。知りたいことは積み重なるが、テスト範囲から逸脱することはしなかった。その結果、勉強する時間はかなり減ったが、それまでの習慣のせいかシャープペンシルを握らない日はなかった。

ーーーあれ?

どうして、勉強しようと思ったんだっけ?

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