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か お が か わ い い

夫が唐突に「かわいいね」と言ってきた。

私が「(私の)どこがかわいいの?」と聞いたら(聞くんかい)、「顔がかわいい」と答えた。

夫は不言実行の人である。
不快な感情や理不尽な出来事に対しても、私のようにいちいち台風を起こさず、じっと耐えている。そういう人なので、甘い言葉をささやくのは得意ではないらしい。

しかし困ったことに、私は“甘い言葉”が大好物なのだ。しょっちゅう「どこが好きなのか言って」「今日のコーディネート褒めて」などときゃんきゃん言ってしまう。

そのたびに「どこって……」と戸惑い、「かわいいよ」と言わされている夫。
そんな彼から突如差し出された言葉のプレゼントに、私はもう有頂天であった。

夫が仕事に行ったあとも、舌の上でチョコレートを溶かすみたいに、何度も何度もその言葉を反芻していた。顔がかわいい……顔がかわいい……顔が……。


私は夫に言われて嬉しかった言葉や行動を、心の中にストックしている。たとえば、息子を産んだあと、私を抱きしめて言った「がんばったね、ありがとう」。「結婚してください」と言ってくれたあと、静かに泣いていた顔。

今回の不意打ちの言葉は、間違いなくストックできるものだろう。  

私が「言葉を求めすぎる問題」は、たびたび夫婦喧嘩を巻き起こす。言葉がほしいあまりに言ってはいけないことまで言ってしまったり、言葉がないゆえに事態がこんがらがったりする。

そのたびに、ふたりしてぼろぼろになりながら、疲れ果てながら、なんとか解決策を考えてきた。特に息子が生まれてからの喧嘩は、なんというか魂が疲弊し、心がズタズタになるような感覚だった。

夫と出会って十二年目に突入している。ついに干支が一周してしまったけれど、やっぱり私は言葉を求めすぎるし、夫は相変わらず言葉にするのが苦手なままだ。

でも、最近は少しずつ、お互いの求めることに歩み寄れている、と思う。私は彼の行動を信頼し、夫は私を安心させるために「言葉」という手段を使おうとしてくれている。

それでもやっぱり、愛する人からのとろけるような言葉は嬉しすぎる。顔がかわいいだって。か、お、が、か、わ、い、い。

だから私は、夫にこう言ったのだ。
「好きだよ!干支が一周しても!」。

夫は笑っていた。



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糸崎 舞|カルチャーライター
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