アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男
アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男(ドイツ:2015年)
監督:ラース・クラウメ
出演:ブルクハルト・クラウスナー
:ロナルト・ツェアフェルト
:ミヒャエル・シェンク
:イェルク・シュットアウフ
:ダニー・レヴィ
第二次世界大戦中、ナチスのホロコーストに関与し、戦後逃亡先のアルゼンチンで確保され、そしてイスラエルで絞首刑となった男、アドルフ・アイヒマン。彼を逮捕するために執念の捜査を繰り広げる老検事を描いたポリティカル・サスペンス。二次大戦後の傷跡をまざまざと見せつけられると同時に、裏切りや保身のため妨害、愛情のもつれ、正義という名のエゴイズムなど人の業を見せつけられた。
戦後のドイツでは先の大戦でのナチス関係者を追求していた。検事のトップに立つバウアーはある情報からアルゼンチンに戦犯のアイヒマンが潜伏していると推測する。しかし、奴を検挙すれば西ドイツの中枢にいる指導者幾人かの過去の罪を暴くこととなり、体制側は事実を黙殺、そして捜査を妨害しようとする。業を煮やしたバウアーはイスラエルの情報機関モサドに接触。協力を仰ごうとするが、彼の行為はまだイスラエルとの国交正常化していなかった西ドイツへの反逆を意味していた。正義を守るため国に逆らうバウアーの行動は次第にアイヒマンに近づいていくが…。
かの有名なアイヒマン裁判までの過程を西ドイツ側からの視点で追っていく物語は意外と少ない。主人公、検事のバウアーは実在の人物。日本にはあまり資料はなく、某ウィキ先生も日本語のページはなかった。偏屈そうな風貌で絶えず煙草を吸い、笑顔など一切出さずに捜査に邁進していく姿が鬼気迫る。その背景には強制収容所で不本意ながらナチスへの協力を約束したという負い目があり、戦中国外で反ナチス活動に参加したことが彼の原動力。国外にいる妹とは交流はあるが、妻とは別居しており、孤独な境遇を仕事で埋めるような生活を送っている。ナチスの関係者を追うのが彼の仕事ではあるが、捜査を進めることは、当時西ドイツ国家に残る元ナチス関係者の立場を危うくするため歓迎されていない。そして国内でも国を破壊したと非難され、オフィスや自宅に脅迫状が送りつけられることも多い。銃弾とハーケンクロイツの腕章が送り付けられたのには恐怖を感じた。
戦後10年以上経ったとは言え、時代の空気は第二世界大戦の傷跡を感じさせる。ホロコーストの描写や激しい戦闘の場面、ナチス政権化の抑圧的なシーンは一切ないが、国家中枢に潜むナチスの元関係者の存在が怪しく動くのも恐怖を感じる。彼らは己の保身に事態を黙殺し、捜査をうやむやにしようと努めようとするのには、ファシズムの時代でも自由主義の時代でも権力の腐敗を思い知らされる。
更にはタイトルのアイヒマンの存在。作中では決してクローズアップされる存在ではない。アルゼンチンで暮らし、家族もおり、バスで通勤する一般的な人物に描かれる。冒頭インタビューでユダヤ人の移送に関して証言を残しているが、彼自身は直接的な虐殺に関与していない。荷物のようにユダヤ人を強制収容所へ送っただけであり、彼自身が積極的、独善的な悪人ではないことに闇の深さを感じる。実際アイヒマンは風貌からユダヤ人と間違われやすい、無教養で命令に忠実な小役人程度の人物と証言もある。イスラエルでの裁判を記録したハンナ・アーレントのレポートが我が身に突き刺さる。
バウアーに助力する若手検事が、バウアーの薫陶を受けてある裁判の求刑を意外なことを訴えた辺りから事態は静かに流れていたと気づかされる。バウアーも若手検事もある特定の性的嗜好があるが、この当時の西ドイツではこの手の嗜好を持った男性が増えたと聞いている。連合国の爆撃で防空壕に避難した妊婦の不安な精神状態が影響したとは言われるが、戦後欧州史を研究していた自分の後輩によれば、ナチズムの押し付ける人種的健全へのカウンターとしてタバコやアルコール、ドラッグとともに性も爆発的な糜爛が現れたと言ってたことを思い出した。ある程度の功績は得たが、目的は完遂できなかったのが無念でしかない。
誰もが陰謀に加担し、裏切るんではないか、捜査が打ち切られるのではないかとラストシーンまでハラハラとした。最後のエンドロールでの字幕でアイヒマンの最後が語られたとき、先日ナチスの機関でタイプライターをしていたという高齢女性が裁判にかけられたという話題を思い出した。正義という名の報復は認めるべきではない。
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