ドラッグ・ウォー 毒戦

ドラッグ・ウォー 毒戦(2013年:香港・中国)
監督:ジョニー・トー
配給:アルシネテラン
出演:スン・ホンレイ
  :ルイス・クー
  :クリスタル・ホアン
  :ウォレス・チョン
  :ラム・カートン

香港ノワールという響きには何か悲しい響きがある。世の中の陰でしか生きられない男たちの友情と裏切り、理想と欲望が混ざり合って、激しい運命に果てに消え去っていく。そんな作品が多い。この作はその香港ノワールの巨匠、ジョニー・トーの記念すべき50作目。冷徹非情な刑事とキレ者の麻薬密売人の危険なタイトロープ劇を描く。
映像が懐かしい。自分がよく観た香港ノワールの撮影の仕方そのまま。古臭くもあるが、ザラザラとした質感と人とモノが散らばった猥雑感が世界観を表している。目新しいものはないが、香港ノワール特有の空気感を、もしかすると匂いさえも感じさせてくれる。その昔、ジョニー・トーの作品を観た時、モノクロなのか?と思わせるほどの暗い画面と陰影を際立たせた描写、独特の銃撃戦の演出に魅了されたが、今作はそこまで暗くはなく、銃撃戦は最後に取ってある。
一番面白かったのは、潜入捜査の刑事役、スン・ホンレイが情報を引き出すために、麻薬密売人になりきって相手をだましていく、その緊迫感がよい。ヤク中の男の時は凄味を持ちつつ壊れている男になりきり、次の瞬間やたらハイテンションな密売人になりきって、危険を承知で麻薬を吸引する。その陰に隠れた捜査への執念が感じられ、危険な綱渡りにハラハラしながら惹きこまれていった。
捜査に協力させられる麻薬ブローカーのルイス・クーはキレ者感を出して、潜入捜査に協力し、隠しカメラや隠しマイクをうまく相手の前に置いたり、機転で刑事を助けたりと手助けにそつがない。火傷と絆創膏を当てた顔だが、精悍さが際立ってタダモノではない雰囲気を出している。
潜入捜査の刑事を助けるチームプレイも小気味がよく、クリスタル・ホアン以下の警察官たちが追跡や変装、時には危険に身をさらしてまでサポートしており、緊迫が続くがテンポよくストーリーが進んでいくのも楽しめた。
中盤までのストーリー展開は密売人や麻薬ディーラーたちをだましているという緊張感があり、ストーリーに惹きこまれるのだが、後半になると急にストーリーがおかしくなる。最初の麻薬ディーラーは表向きで、背後に黒幕がいるのだが、その黒幕が7人。多すぎないか。しかも護衛なしで密売する港を視察しているし、7人全員そろって潜入捜査の刑事たちの前に姿を現すし。取引に向かうときも7人揃って護衛なし。銃撃戦になると何だこれ?と思うようなドタバタ劇になってしまっている。派手なアクションにするならもっと人数を揃えてほしかったし、リアルを追求するならもっと膠着状態の心理戦を観たかった。
麻薬工場のろうあ者二人が異常に強いのもなんだかなぁと思う。二丁拳銃を仁王立ちで撃ちまくり、ショットガン・ライフルを持ち出して大勢の武装警察を蹴散らして、最後は爆弾を爆発させて逃亡する。弾丸は当たらないし、狙いは正確だし。武装警察はどんだけ無能設定なんだとあきれてしまった。
ラストも不満がある。ここまで盛り上げてそれはないだろうと思った。香港ノワールにカタルシスを求めてはいけないが、観た後のスッキリ感は少ない。あれほどキレ者だった麻薬ブローカーがただの小悪党になってしまったし、その後もその終わり方も面白みに欠ける。もっと丁々発止の活躍が観たかった。
何か所か小さいところにツッコミどころが散見され、疑問に思って調べると、実は作品作りに中国の公安の意向が所々に反映されているらしい。かなり多い気がするのだが、銃撃戦は少なく、死者も少なくとチェックが入り、監督も不完全燃焼だったよう。ちなみに中国政府の違法薬物所持・使用への罰則は厳しくほぼ死刑判決が出る。執行も即行うという。
ラストの潜入刑事の執念が唯一のカタルシス。倒れてもこいつだけは…という、前のめりの姿が感動した。らしくないとも言えるし、香港ノワールらしいとも言えるラストだった。

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