あるいは裏切りという名の犬
あるいは裏切りという名の犬(2004年:フランス)
監督:オリヴィエ・マルシャル
配給:ゴーモン
出演:ダニエル・オートゥイユ
:ジェラール・ドパルデュー
:ヴァレリア・ゴリノ
:ロシュディ・ゼム
:フランシス・ルノー
凶悪な強奪事件が頻発するフランス、パリの警察内の陰謀と暗闘を描いた実話に基づいた作品。捜査の主導権と功績を巡って対立する刑事たちを名優二人が演じているが、同時に監督が元警察官という力作。
パリ市内では現金強奪事件が続発していた。その捜査を、腕は立つが荒くれもの集団の捜査介入部(BRI)と地道な捜査をいとわない精鋭部隊の強盗鎮圧班(BRB)が共同するように命じられる。両部署のリーダー同士は、かつて親友であったが一人の女性を巡って争い、BRIのリーダーが彼女と結ばれたことから対立するようになった。二人の上司である警視庁長官はこの事件を解決した方を自分の後任に推薦するといい、二人を競わせる。ある夜、BRIリーダーは一時外泊していた収監者から呼び出しを受ける。「重要な情報と交換に30分だけ行動を共にしてくれ。」と収監者は要求し、車中で待っていると収監者はかつて自分を密告した男を射殺。アリバイ工作を強要される。BRIリーダーは苦悩しつつも受け入れるが、それは彼の身を破滅へと追い込むのであった。そして情報を元に強盗団のアジトを襲撃するが…。
主演のBRIリーダーのダニエル・オートゥイユはフランスを代表する俳優の一人。決して饒舌ではないが、静かに瞳で訴えかける演技に切なさを感じる。荒くれ集団を束ねて彼らから人望もあり、プライベートでは長年の妻と娘からも愛される良き家庭人。しかし、非道な悪を許さず、みかじめ料をたかりにバーのマダムに暴行を働いたチンピラ兄弟に闇で制裁を加えるなど、法を超越する危険な認識も持っている。中盤それが彼を窮地に陥れることとなる。嫌味な尋問を行う警察嫌いの判事への反撃は鮮やかに決まり、その後妻を呼び出して励まして別れをつげるシーンには悲劇性があり、観ていて心が締め付けられるようだった。ちなみに彼の幼かった娘の7年後の役にはダニエル・オートゥイユの実の娘、オーロル・オートゥイユが配役されており、眼が同じだったのに親子の説得力があった。
彼と対立するBRBのリーダーにはこれまたフランスの名優、ジェラール・ドパルデュー。地道に捜査しつつ堅実かつ確実に事件解決を目指す規律に厳しい刑事。そんな彼も目的のためには手段を択ばない辛辣なヤリ手で、強盗犯たちの寝込みを襲い全員射殺することを提案したり、情報屋を腹芸で脅したりとドス黒い男。その根底にはBRIリーダーとの確執がコンプレックスとしてあり、彼を出し抜いて警視庁長官に収まりたいという野心を隠していない。そしてアジト襲撃の際には独善的行動をとり、事態をさらに混乱させる。さらにはその後の責任を問う委員会でも政治的に立ち廻り、BRIリーダーの過失を上げて自分はまんまと追及を逃れてしまう。襲撃の際に射殺されたベテラン刑事の警察葬では、彼が棺の前に立つと反感を持つ警察官たちが一斉に後ろを振り向いて叛意を示したのは異様な状況だった。そんな彼からはかつての友を嵌めてでものし上がった悔いと不安がつきまとっているように見え、中盤からはこの男のほうが主役に思えるほどの存在感を醸し出していた。
物語はキャストが饒舌に語らない、雰囲気で物語を語るというような、いかにもフランス映画的な演出で、観ていると理解が追い付いては行かない。なので何度か戻って見直すと理解するといったややこしい手順を踏んでしまった。しかも作中に出てくる犯罪者たちがわかりづらく、この人はどこのどの立場の人だったかのかなと混乱する。その上喋ってるのはフランス語。明瞭でない言葉を早口で喋っているように見えるので「今のセリフ誰?。」と迷子になってしまうこともあった。オレは慣れてないんだろうな、フランス語。
キャストを見てびっくりしたのが、バーのマダムがミレーヌ・ドモンジョ。この人もフランスを代表する大女優で、親日家でも有名(某タイムマシンアニメの三悪人の女リーダーの名前の由来)。その大御所が冒頭チンピラ兄弟に髪の毛ひっつかまれてカウンターに顔面叩きつけられてボコボコにされて、その後傷だらけの顔に首にコルセット巻いて登場してくるという吹っ飛んだ姿を見せる。これだからフランスの女優は油断ができない。
決して明るさはなく、暗くゆっくりとした川が流れていくような展開だが、その流れの下には猛き奔流が渦巻いているよう。名優の心の機微を垣間見る演技と黒でもない白でもない世の中の無常さが見られる。ラストは意外な形で終わるが、その心情に至ったBRI元リーダーには自分には理解はできた。フランス人と日本人は近い感覚があるのかもしれない。