バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版
バスカヴィル家の犬 シャーロック劇場版(2022年)
監督:西谷弘
脚本:東山狭
原案:アーサー・コナン・ドイル「バスカヴィル家の犬」
出演:ディーン・フジオカ
:岩田剛典
:新木優子
:広末涼子
:佐々木蔵之介
名探偵と言えば必ず最初に上がるのはシャーロック・ホームズ。小学生の頃、図書室の破れかけの本を何度読んだことか。そのホームズは世界各国で愛され、新作が出たり、オマージュが作られたり、映像化されたりと未だにファンは尽きないが、この作品は日本のドラマシリーズで作られていた作品の劇場版。これを日本で、そして現代でどう料理してくれるのか楽しみにしてたんだが。
資産家の娘が誘拐され、資産家は身代金を自身が所有する廃鉱山へ運ぶ。そこに妖しい野獣の陰が。同時に娘は解放されていたが、資産家は足に咬まれたような傷を負って帰宅した。その一か月後、資産家は事件の真相を調べて欲しいと探偵と助手にオンライン通話で依頼するが、その最中急死。死因は日本では根絶されたはずの狂犬病であると思われる。興味を持った変人探偵は助手を連れて、事件のあった瀬戸内の島を訪れる。この島には黒犬の祟りの伝承があり、資産家宅には以前から立ち退かなければ黒犬の祟りに遭う、という新聞切り抜きの脅迫状が届いていた。残された資産家の妻、長女、長男、そして執事の関係を軸に探偵と助手が事件に挑んでいく。
物語の大元はホームズ作品の中で珠玉の作品ともいえるバスカヴィル家の犬。記憶によればホームズ・ワトソンたちがロンドンを離れて、田舎に残る因習と人の強欲と悲しさが詰まった名作だった。この作品では田舎は瀬戸内のフェリーが通って警察署やショッピングセンターもあるそこそこの規模ある島に置き換えている。この島に伝わる黒犬の祟り伝説が事件のカギになるのだが、おどろおどろしさが弱く、謎が深まる気がしない。舞台である資産家の自宅は曲がりくねった道を登った山の中腹にある。ここだけとってつけた雰囲気が否めず、その背後に控える廃鉱山も何を採掘していたのか分からないほど小規模的。瀬戸内なら石材かな。でもスケールがミニマムかつチグハグで安っぽい。
ホームズに当たる探偵がディーン・フジオカ。やさぐれた風貌で難解な事件しか関心がなく、独断的で礼儀にも気を遣わない人物。大体、ホームズをオマージュ作品で演じる人はこういう感じに行き着くっていうステレオタイプ。ちがう、ちがうんだよ。ホームズはオンとオフの落差が激しく、事件に当たっては静かでも絶えずアンテナ張って、些細なことを見逃さない鋭敏さ。荒事には大胆かつ理知的な戦術で格闘する。そんな氷と炎を持つ人物であってほしいんだ。人の神経逆なでするような物言いして、ぞんざいに証拠を扱ったり、ダラダラと現場を眺めたりするようなんじゃない。ディーン・フジオカはカッコいいんだが、あくまでもディーン・フジオカがホームズのまねごとをしているように見えた。男前は間違いないので、ホームズより変装が得意な日本の名探偵の方が似合う気がする。
もっと残念なのがワトソンに当たる役。明らかにディーン・フジオカに釣り合っていない。見た目の若さもあるが、原作のワトソンが持つ人当たりがよく優しい、軍医上がりで勇敢な紳士っぽさを感じない。しかも、この作品ではホームズ的役より資産家一家と関わるのに、謎や秘密への発見や気づきが今一つ。ホームズ的役の変人ぶりの引き立てに終始しているのがもどかしい。
物語は資産家一家を中心に進むのだが、登場人物が複雑に絡み合わず、トリックもミスリードの誘い方も貧弱。作中ではもっともらしく語っているが、死因に繋がる重要な手段が運に任せられているし、死因の原因となる、あるものを手に入れることができる時点で妙な気分になる。いくら非合法で手に入れられると言ってもねぇ。それが原因で人が死ぬとその県や管轄保健所はどえらいことになると思われるんだが。そして後から出てくる、物語中まったく匂わせなかった新事実。こういう後出しじゃんけんみたいな演出は好みじゃない。おとなこども蝶ネクタイ探偵やじっちゃんの名にかけて探偵ではよくあるけど、それは卑怯だ。
脇を固める配役は豪華すぎるのがせめての救い。もっと作中に出てほしかった佐々木蔵之介の役は故郷の島に複雑な思いがあるのを感じさせるだけに、その見事な演技を見せてほしかった。工務店の妻役、広末涼子の泣き顔はやっぱり迫力がある。大きな瞳に涙をためて、白い顔が紅潮していく表情はこの人が持つ最大の武器だと思う。こないだの一件でキャスティングしづらくなったのが残念だ。
偉そうに語ったが、本編ドラマを観ていないのでホームズ的役とワトソン的役の関係性が理解できていないのがダメだったところか。自分の中でのホームズ像が固まっているので、観ていて感情移入ができなかった。やはりジェレミー・ブレット以上はないな。