リトル・ジョー
リトル・ジョー(2019年:オーストリア・イギリス・ドイツ)
監督:ジェシカ・ハウスナー
配給:ツイン
出演:エミリー・ビーチャム
:ベン・ウィショー
:ケリー・フォックス
:キット・コナー
:リンジー・ダンカン
ハッピーになる香りを放つ遺伝子改良された花が人の心理を侵食するSFスリラー。静かな描写と不安をあおるBGMがたまらなく落ち着きをなくさせてくれる怪作。何度いすから立ち上がって遠巻きに視聴したか…。
息子と二人暮らしの女性植物研究者は研究の末、人をハッピーにする香りを放つ赤い花を開発。彼女はその花に息子の名前にちなんで「リトル・ジョー」と名付けて、秘密に息子へプレゼントする。しかし「リトル・ジョー」の周囲では誰にも気づかれない異変が起こり始めていた。そのハッピーになる香りの正体とは…。
全編通じて静かに物語は進む。件の花「リトル・ジョー」は何も語らず存在するのみ。その開発に秘密はあるが、話しかけて愛情をかければ育つという。ただ人造の植物ということで、危険性を考慮して花粉受精による繁殖はできないように処理されている。しかしゆっくりとつぼみを開き、出す必要のない花粉を出すシーンは恐怖を感じた。この花粉が人に影響を与えると推測されるのだが、確定的ではなく、推測に女性植物研究者は振り回されていく。
派手な演出はないが、それを補うBGMが印象的。聴いていると妙に和風のテイストを感じる。調べると音楽は日本出身のアメリカで活躍した伊藤貞司。1982年に亡くなっているのでこの作品のBGMは過去の作品から使用しているようだが、和楽器使ったサウンド・奏法がシーンの端々に使われ、静かに忍び寄る侵食を非常に盛り上げていた。映像も淡い彩色を強調して目に優しくは感じるが、「リトル・ジョー」はひょろっとした赤いタンポポのような弱々しい花なのに、表現する際はネオンカラーのようなライティングで、禍々しさを感じさせる。このメリハリのつけ方は効果的だったと思う。
主役のエミリー・ビーチャムが不安にさいなまれていく女性植物研究者をよく演じている。最初は自分の開発した「リトル・ジョー」を誇らしげに息子にプレゼントし、その息子をよく愛し、自身も仕事に邁進していた。しかし、その「リトル・ジョー」周辺の人たちの眼に見えない変化を感じると、不安に付きまとわれる演技がいい。決して焦るような感情を出した演技ではないのだが、漠然とした不安を解消できないもどかしい演技が印象に残る。愛する息子の変化を感じ、息子が突然の告白をしたときに見せた狼狽も彼女の不安をよく表している。そして物語の終わりには彼女も…。衣装も印象的で、赤い髪と対比したりマッチしたりとよく映えている。かわいい。
それぞれの人間の表現もあり、急に女性植物研究者へ積極的に好意を示し始める同僚男性や、母と暮らしているのに急に別居中の父と暮らしたいと言い出す女性科学者の息子も不気味な存在感を出していた。「リトル・ジョー」の花粉を吸い込んだ者たちは何かしらの変化を感じてしまう。確かに同僚の男は序盤で女性植物研究者への好意を示されていたし、息子も思春期特有の親離れのようにも感じる。その変化を「リトル・ジョー」の花粉を吸い込んだ前後では何か異質に感じられてしまう。なぜ彼らが変化を感じさせられるのかについては描写や説明はなく、非常に恐怖に感じる。
やはり「リトル・ジョー」の存在が彼らの間にのしかかる。種を残せない処理を施された「リトル・ジョー」は自身を守るため、何かに頼らなければならない。自分たちを守ってくれるように仕向けるために花粉を使って、人に何かしらの作用を与えたと推測されるが、確証もなければ、されることもない。その雰囲気がとにかく不気味。
人は年代に応じて変化するが、それを他からの要因で変化されることは洗脳やマインドコントロールとも呼ばれる。いつも知っているその人は確かになのだが、ある日を境に何かが違う、別人のように感じるというのはかなり怖い。