岡口裁判官「まともな法治国家とは言えない」発言は許されるか?―白ブリーフ裁判官の表現の自由
白ブリーフで有名な岡口基一裁判官(仙台高裁)の発言が、またもや物議をかもしています。
岡口裁判官は経緯を解説したうえで「検察官が内閣の顔色をうかがいながら仕事をするようになると危惧される。法解釈の変更を口頭の決裁で済ませるなど、まともな法治国家とは言えない」などと批判しました。
一見すると、かなり問題がありそうなのですが、産経新聞によると、
「岡口氏がラジオ番組に出演し、私見を述べたこと自体は問題ない。」
と書かれています。
なぜ、岡口裁判官の発言は「問題ない」のでしょうか。
岡口基一裁判官とは?
岡口基一裁判官とは、私たち法曹(弁護士・裁判官・検察官)の中では、実務で誰もが使っている「要件事実マニュアル」シリーズの著者として、とても有名な裁判官です。
また、Twitter上でも「白ブリーフ」キャラで、さまざまな情報発信をしておりました。
ただ、Twitter上の投稿が問題となり、最高裁判所から戒告処分を受けてしまいました。
Twitterアカウントも消え、現在は偽物の「岡ロ基ー」(※カタカナの「ロ」と「ー(おんびき)」。「おかろきー」と読むらしい)が本人のFacebook投稿をコピペしています。
戒告処分に対しては、様々な問題点も指摘されておりますが、岡口裁判官も批判する書籍を出版して対抗します。
裁判官は政治的中立性が求められる
しかし、裁判所法は、裁判官の政治的中立性を求めています。
第52条(政治運動等の禁止) 裁判官は、在任中、左の行為をすることができない。
一 国会若しくは地方公共団体の議会の議員となり、又は積極的に政治運動をすること。
二~三 (略)
これに対し、岡口裁判官は、次のように弁解しています。
岡口裁判官はNHKの取材に対し「法案が大変複雑なため、内容を正確に理解したうえで議論してもらいたかった。裁判官が積極的に政治運動に参加することは許されていないが、法案の問題点を説明することは禁じられていない」と話しています。
一見すると、岡口裁判官の弁解は、かなり無理があるように思えます。
しかし、この弁解は、ある最高裁大法廷の決定に基づいているのです。
裁判官の政治的発言はどこまで許される?
その決定とは、裁判官の表現の自由をめぐって争われた寺西判事補事件大法廷決定(最大判平成10年12月1日民集52巻9号1761頁)です。
この事件では、寺西和史裁判官(当時は判事補)が「つぶせ!盗聴法・組織的犯罪対策法 許すな!警察管理社会 4/18大集会」に参加し、パネルディスカッションが始まる直前、数分間にわたり、会場の一般参加者席から、仙台地裁判事補であることを明らかにした上で、次のような発言をしたというものです。
「当初、この集会において、盗聴法と令状主義というテーマのシンポジウムにパネリストとして参加する予定であったが、事前に所長から集会に参加すれば懲戒処分もあり得るとの警告を受けたことから、パネリストとしての参加は取りやめた。自分としては、仮に法案に反対の立場で発言しても、裁判所法に定める積極的な政治運動に当たるとは考えないが、パネリストとしての発言は辞退する。」
もし、寺西裁判官が、この集会にパネリストとして参加して「法案には反対だ!」と述べたなら、「積極的に政治活動をすること」にあたることは、なんとなく納得できます。
しかし、寺西裁判官は、裁判所法に違反しないように「パネリストとしての発言は辞退します」と述べたにすぎません。
ところが、最高裁は、このような発言であっても「積極的に政治活動をすること」にあたると判断しました(ただし、裁判官15人中5人は反対意見)。
裁判官は政治的中立性が強く求められる
裁判官に政治的中立性が求められる理由は、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職務を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」と定める憲法76条3項にあります。
日本国憲法は「司法の独立」として、①裁判所が他の国家機関から独立していること(司法府の独立)と②個々の裁判官の職務が独立していること(裁判官の独立)の2つを保障しているといわれています。
政治部門から圧力がかからないように裁判官の任命も、政治部門が介入しにくい仕組みになっています。
最高裁判所と下級裁判所で異なりますが、最高裁判所については、長官は内閣が指名・天皇が任命、それ以外の裁判官は内閣が任命します(6条2項、79条1項)。
他方、下級裁判所については、内閣が任命しますが、最高裁が指名した名簿から選ばなければなりません(80条1項)。
これにより、最高裁の裁判官に対しては、内閣を通じた間接的な民主的コントロールを及ぼすものの、下級裁判所の裁判官に対しては、最高裁が指名できる制度になっているのです。
また、任命後も、在任中は原則としてクビにならず、報酬も減額されない等の手厚い身分保障もされています(78条~80条)。
このように、裁判官は、身分を保障され、政治的責任も負わない、いわば「安全地帯」にいるのです。
裁判官の政治介入は三権分立をぶっ壊す?
裁判所には、国会や内閣の行為が憲法や法律に違反していないかをチェックする権限があります。
もし、裁判官が、安全地帯から政治の方向に影響を与えてしまえば、「裁判所が国会や内閣の行為を中立・公正に判断しているか?」と心配になってしまいます。
場合によっては、国会の立法権や内閣の行政権に対する不当な干渉となる可能性もあります。
したがって、一般の国家公務員よりも強く政治的中立性が求められるのです。
裁判官の政治的自由はどこへ行った?
このような厳しい最高裁の判断を踏まえれば「岡口裁判官の弁解は通らないのでは?」とも思えますが、話はそう単純ではありません。
というのも、現実社会においては、裁判官が、㋐審議会の委員等として立法作業に関与し、賛成・反対の意見を述べたり、㋑論文や講義等において特定の立法の動きに反対することもあり得るからです。
これを踏まえ、最高裁は、裁判官が禁止される「積極的に政治活動をすること」につき、
① 組織的、計画的又は継続的な政治上の活動を
② 能動的に行う行為であって、
③ 裁判官の独立性及び中立・公正を害するおそれがあるもの
に限定しているのです。
あわせて、最高裁は、裁判官が、一国民として法律の制定に反対の意見を持ち、その意見を裁判官の独立や中立・公正を疑われない場において表明することは禁止されていないと明言しています。
たとえば、㋐の行為は、専門家の一人としての意見であるため①にあたらず、立法府や行政府から求められているため②にもあたらないため、許されることとなります。
また、㋑の行為も、発表の場所や方法が特定の政治活動を支援するものではなく、一人の法律実務家としての個人的意見の表明にすぎないならば、①にあたらないため、許されることになります。
ただ、寺西裁判官の発言は、法案反対団体による「つぶせ!盗聴法・組織的犯罪対策法 許すな!警察管理社会 4/18大集会」での発言であるから①にあたり、能動的に参加をしているため②にもあたり、国会に対して立法を断念するよう圧力をかけるため③にもあたるからダメということなのです。
岡口裁判官の発言は許されるか?
こうしてみると、岡口裁判官による弁解は、寺西判事補事件大法廷決定に基づくものとして、なるほど筋が通っているといえます。
ただし、今回の発言のうち、法案に対する問題点の指摘は㋐㋑と同様に許されるとしても、NHKが見出しとしてる「まともは法治国家とは言えない」発言については、法案と離れたものとして、判決の射程が及ばない可能性もあります。
そういった意味では、新たな憲法問題を生じる可能性がある問題として、今後も注目していくべきでしょう。