前置き|通常の発達より遅れている我が子
ちょっと今日から我が子の成長から感じた気づきもnoteで書いてみたいと思います。
というのも我が子から教わることが多すぎてキャパオーバーしそうだからです笑。
今回は前置きとして今まで起こったことを簡単に書いてみます。
我が子は現在1歳3ヶ月の男の子ですが、通常より発達が遅延しています。
生まれた時から我が子は少し変わっていました。
隣の部屋にいる赤ちゃんはお腹が空いたらミルクを飲むのに我が子は飲まない。疲れたのかほぼ寝ている。ミルクも一生懸命与えてようやく20ml飲めるかどうか、母乳は一切飲まないという子でした。
そして私は私で母乳信仰が強く、母乳をあげたいばかりに精神が病みました笑。ですが首すわりもかなり遅く、母乳どころじゃなくなりました。
なぜなら半年過ぎても首は座らなかったからです。
で、大きな病院を紹介され、難病も疑われ、人生のどん底を味わってから、私の意識が変わりました。
あの時期はひたすら病気だ、病気じゃない、という答えを探しまくり、ネットで検索しまくり、大変辛い日々を送りました。
正直人生の中であそこまで辛い日々を送ったのは初めてでした。あさが来た時に死にたいって自然に思っていて、朝が来るのが怖くて本当に呼吸が苦しくてとても苦しい日々でした。
ですが今では「少しずつ成長しているし、まぁいいか」と思えています。
このように考えられるのは、我が子が病気だ、病気じゃないという判断をするのではなく、全ての苦しみがが自分の思い込みによって起こっているということにようやく気づけたからです。
まだまだ色々思うことはありますし、少しでも成長しているならいいじゃないか、という声も聞こえそうですが、一生そうやって思いながらも気づいていくだけなのだろうなと最近は思っています。
そしてこうやって自分の内面をしっかりと見ることができるのは、今まで自分の内面を見る、ということをしてきたからだろうなと思います。
ちなみに今我が子は1歳3ヶ月ですが、現在はまだハイハイもせず、ずりずり体を這って一生懸命体を動かしています。(通常であれば遅くてもつかまり立ちをしている月齢です)。
また言葉の遅れもあります。
ですがめちゃくちゃゆっくりですが確実に成長する我が子を見て、もう私は自分に意識を向けていくしかないのだ、と腹を括ることにしました。
なぜなら我が子をどうこうしようと争うとしんどいからです。
そしてやっぱり自分の成長が我が子の成長につながるとようやくわかってきたからです。
私はずっと社会や他人を軸にした尺度で「自分の幸せ」を見ていました。
周りに合わせなくては、周りを参考にして成長していかなければ。そしてその先に自分の幸せがある、無意識にそう思って生きていました。
でもそんな風に生きていたからこそ辛いということがようやくわかってきました。
なので今私は大きく舵を切ろうとしています。
今流行りの自分らしく生きる、です。
これはもう半ば強制的にやらざる追えないのだろうなと思います。
なんとなく空気を読んで周りに合わせたり、周りの目を気にするのをやめていくタイミングなんだろうなと思います。
もちろん周りの空気を読む、ということも大切だと思うのですが、最近はそれさえも本当に大切なことなんだろうか、と思い始めています。
なぜならそこに自分の幸せはないからです。
自分の幸せの追求は悪いこと、と前は思っていましたが、今は自分が幸せでなければ、家族も、友達も幸せになれないのだとようやくわかってきました。
自分の幸せを追求することでエゴを助長させる心配もありますが、一度はエゴを助長させるぐらい自分の幸せを追求するのも大事なのでは?と思ってきています。
まぁ性格上、そこまで振り切る自分は想像もつきませんが、それでも空気を読む、ということをしなくてもいいのではないかと思っています。
なぜなら子どもを通じて、空気を読む、ということがそもそもよくわからない、やろうとしてもできない人もいるというのがようやくわかったからです。
私は今まで空気が読めない人を毛嫌いしていたところがありました。
でも空気が読めない人がいて、それがなんなんだろうと思ってしまいました笑。
なので今更かもしれませんが、空気を読まないということを自分もしてみようと思っています。
前置きと言いつつ違う話になってしまいました。
今回は以上です。
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