㉙素の自分で勝負する
私が企業に勤めていたときに採用面接で印象深い学生に出会ったことがある。ニューヨーク大学のダンス専攻の女子学生だった。観た感じは普通の女の子という感じで、特段、印象に残る容姿も所作もなかった。まあ少し可愛いかナというのはあったかもしれないが。
あるとき、少し返答に困りそうな質問をしてみた。決して圧迫面接をしたかったのではない。どのように答えるのか、その返事の仕方が知りたかったのだ。こういう場合、面接官は答えの中身に興味がないことが殆どだ。返事の内容よりも、答え方に興味がある。誰だって、何でも知っているわけではない。だから答えられなくても何ら構わない。
このような時、少ない知識で何とか答えようとするのが一般的だ。あたかもすごく知っているように答えようとする学生が大半。それが普通だ。そして何とか答えられたらホッとした表情さえ見せる。しかしこれは間違い。答えられたらいいという訳ではない。さっきも言ったが答え方が問題なのだ。それがわかっていない学生が実に多い。
面接では正解がある質問をすることはない。学校の試験をしているわけではないし、一般常識のテストをしているわけでもない。どの企業もそれは違うカタチでしているはず。テストでは把握できないことを面接で知ろうとしているはず。そのために面接がある。だから面接の質問に正解なんてない。従って答えの内容が合否に影響を与えることもない。もちろん、国を守る職業の面接で国家批判の思想の持主かどうかは大事だろうし、電力会社で原子力発電に批判的立場の人間かどうかは重要なチェックポイントだったりするだろう。しかし、そうでない一般の企業の採用面接では、答えが大事なのではなく、答え方の方が大事なのだ。そして、殆ど知識を持っていない場合にどう答えるかはとても重要。考えてもみてほしい。得意先に一人で行かせて、殆どない知識の中で、変な答えを得意先に返して帰って来られるほど怖いことはない。そうではなく、自分に殆ど知識がないことに遭遇した時にどうするか?わからないことに出会ったとき、その時点で変に返事をせず、「帰って調べてきます」、「帰って上司に確認してきます」と答えるのがビジネスでは正解だ。だから採用面接で、殆ど知らないのに、あたかも知っているような顔をする学生は要注意人物。ある種、採用面接とは「知ったかぶり」をする学生を見つけ出すのも目的のひとつでもある。だからほとんど知らない質問には、知ったような顔をしないことだ。
少し話が逸れたが、ニューヨーク大学のその女子学生は、私の難題の質問に対して、「私はその件に関しては知識がありません。だから答えられません。しかし、もう一度、面接のチャンスがあるのなら、その時までの宿題にさせてください」と答えたのだ。
私はこの答え方を想定していなかった。そしてこの答え方に舌を巻いた。面接の場で「知らない」と答えることは勇気のいることだっただろう。だから、その潔さは高く評価されていい。また「もう一度チャンスがあるのならそのときまでの宿題に」という返し方もニクい。もちろん、私のレベルでの面接で合格を出したのは言うまでもない。
採用面接では素の自分を出した方がいい。自分を大きく見せようとすることは間違いだ。大きく見せようとしているかどうかはわかるもの。そして分かった途端に、その学生に対する興味は失せる。だから、知らないことは知らないでいい。知らないことを自覚した上で、次にどのように対処するかが知りたいところ。だから前述の女子学生のように答えるのは正解だし、「ここまでしか知らない。その上で答えるとするとこう思う」と自分の知らないレベルを明らかにした上で話すのも正解だ。正解はそれ以外にもあるだろうが。
採用面接では「ありのままの自分をみてほしい」という学生の方が好感が持てる。一緒に仕事をする仲間として信用できるからだ。受験生には言っておきたい。堂々と素に自分で勝負しろ、と。
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