私は反戦運動には参加しません。しかし、平和活動には喜んで参加します。
私の好きなマザーテレサの言葉です。
8月15日。あえてこのテーマで書いてみます。
正直にいうと、私は反戦運動やそれに類する発言をしている人が怖いのです。
〇〇が嫌いだとか、許せないだとか。
特定の政治家に怒りと憎しみを向けている。
それ自体が攻撃的で、争いの気配を感じるからです。
「正義の旗」を立てているのかもしれませんが、その怒りと憎しみが、争いの火種になるような気がするからです。
私は、拙著『人生を変える幸せの腰痛学校』のなかで、
「腰痛」を治そうとしないこと
と書きました。
表向きの理由は2つです。
・治そうとすればするほど、「腰痛」のことを考え、「痛み関連脳領域」を興奮させてしまうこと。
・治そうとすればするほど、「まだ治らない」と「腰痛」に注目し、「いやな気分」になること
でも、私の本心はもうひとつあります。
「治したい」ということは、「腰痛」を「敵」「いやなもの」「邪魔なもの」と認識し、排除したいということだからです。
「症状」は自分の一部なんです。
できれば「好き」になってもらいたい。
それがムリでも「嫌ったり」「邪魔者扱いしたり」「敵」だと思わないでほしい。
それは自分の一部を嫌うことでもあるから。
自分が自分の一部を嫌う。
それは、自分をとりまく世界の一部を嫌うこと。
それが争いにつながるのではないか?
私の大好きなアドラーは、戦争から帰ってきてから、
「共同体感覚」という概念をつよく打ちだしたそうです。
戦争をなくすために必要なのは、政治や活動ではない。
「育児」や「教育」を通じ、一人一人の心から「争い」をなくすことだと。
自分の心から「争い」をなくすことが「世界の平和」につながる、なんてピンとこないかもしれません。
だけど、私はそう信じています。
今日、8月15日
それそれの人が自分の中にある、裁いたり、嫌ったり、敵視したりする、争いのタネに気がついてくれればいいなと思います。
「嫌なんだね」「許せないだね」「腹が立つんだね」
気がついたら、その気持ちごとまるごと受け入れる
「わかったよ」「そう感じているんだね」
認めることができたら、怒りや憎しみは和らぐから。
私は、今日、戦争の「悲惨さ」に注目するのではなく、過去の歴史から学べることに感謝し、未来の自分と自分をとりまくみんなの笑顔を強くイメージすることにします。
それが私にとっての平和活動です。
『人生を変える幸せの腰痛学校』
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