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像花


後悔は戻れない時間の前に人を置き去りにする。
ぼくはベンチに腰をかけ、光に震える木葉を見つめていた。
葉と葉の先端が、指先と指先のように、
絡まったり離れたりしながら、
太陽の煌めきの中で、踊るように揺れている。

キラキラと瞬く光の調べは、
目の前に、いつか見た光景、
いつかの並木道を連れてくる。

あの日の画、
歩くぼくたちは夏の真ん中。
少し先をゆくキミの背中に触れようとすると、
それは叶わなくて、また、時空が拗けていく。
ぼくの皮膚だけが、歪む空気をすばやく察知する。
胸の奥に残るしこりは、かすれていく君の後ろ姿から
手を引っ込められないまま。

あの日も、今ここにいるぼくの世界も
全ての面という面が熱に浮かされているんだ。

呼吸のしづらさを鼻腔のあたりで感じながら、
あの日と同じ季節のなか、世界の間、ひとり居る。
寂しいような尊いような、何にも侵されない領域に。
そして、また、違う世界への扉が、次々に開いてゆく。
だから、ぼくはまた、足を踏み出してしまう。

光の残像を頼りに、
失った時間を再び追い求める。
どこもかしこも雑踏のなかのようで、
あたり一体、影ばかりの街へきた。
人々の足音は、時計の針のように地面を刻み、
ぼくの胸の高さまで音が響きわたる。
音が、体を叩いていく。

蠢く影山の中に、
最後のキミの姿が浮かびあがり、
それは、何度見ても泡の中に浮かぶ夢のようなんだ。
捉まえられない時の中で、生き続けるキミの笑顔は、
仮初めの灯りのように乏しくて、それでも、
ぼくの心を何度も、くしゃくしゃの紙屑のようにする。

目を開くと、
目の前に聳える木々の頭上に、太陽が昇りつめていた。
僕はこのまま花に化けて、
悪い夢だけ焦がしてしまいたいと思う。

本当はどこにも行きたくないんだ。
この、今という眩しさの中で、
踊る木葉を見つめながら、
渇いたのどにことばを与え、
キミが存在できない、
咲き乱れた花のような世界をつくるから。


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