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戸籍にまつわる若干のこと 3
前回は,平成25年本試験問題事例で,添付情報一覧から戸籍の証明書を選ぶ実際をみました。もう1問,他の年の問題もみてみましょう。
■ 数次の相続を証する戸籍の証明書(平成31年度)
平成31年度(令和元年)は,被相続人が甲山一郎,その相続人は妻友子,子大介の2名で,一郎所有不動産の相続登記をしないうちに友子が死亡し,友子を大介が相続した,という数次の相続を扱う事例でした。
最終以外が単独相続とはならないため,数次相続を1件で申請する処理はできず,一郎にかかる1次相続,友子にかかる2次相続の2件の法定相続による登記を連件申請するものです。
添付情報一覧から戸籍関連のものを抜き出すと次のとおりです。
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2件どちらの相続も,単純な法定相続となりますので,証明すべき事実はいずれの相続においても,前回と同じ,①被相続人の死亡,②ある者が相続人であること,③他に相続人がいないことです。
そうすると,1件目の一郎相続の登記原因証明情報となる戸籍の範囲は,一郎の死亡と,友子大介との身分関係,友子大介の相続開始時の現存,一郎に大介以外の子がいないことを確認できる範囲となり,例えば「イに含まれるものを除く」といった注記もないので,「一郎の法定相続人を特定することができる」「ア」で足りることになります。
他方,2件目の友子相続に関しては,友子の死亡,一郎大介との身分関係,大介の相続開始時の現存(一郎の先死亡),友子に大介以外の子がいないことを確認できる範囲となり,「友子の法定相続人を特定することができる」「イ」で足ります。
一郎と友子は夫婦なので,「ア」と「イ」では,両者婚姻以降の戸籍の全部事項証明書(又は謄本)は,ほぼ重複すると推測されます。
しかし,婚姻以前の部分はそれぞれ異なり,「法定相続人を特定することができる」範囲で考えると「ア」と「イ」はその範囲,意味合いが異なるといえます。
前回指摘したとおり,具体的な書面ではなく,証明が必要な範囲で考える。
そして,複数の人についての相続が問題となる場合,各相続ごとに分けて考えるのがポイントです。
■ 被相続人の同一性を証する住民票について
この問題の模範解答では,被相続人一郎の登記上の住所が「名古屋市北区桜島二丁目7番12号」と,街区符号(7番)+住居番号(12号)の住居表示後の住所で表示されているため,本籍は不明であるものの,戸籍の本籍と合致せず,一郎の同一性を証するため,「ア」と併せて「ウ」も提供する。
被相続人友子についても,住所と本籍の不合致が推測されるため,「イ」と併せて「エ」も提供する,と考えられました。
これについて少し説明します。
前々回,本籍は「戸籍の所在場所」といいましたが,場所なので,その表示の末尾は土地の番号,すなわち地番(○○番地)となるのが原則です。
しかし,現在では,住居表示が実施された地域については,本籍を住居表示の「街区符号」までとすることも認められています。
したがって,仮に一郎が住所地に本籍を置いていたとしても「名古屋市北区桜島二丁目7番」であり,住居番号(12号)までは含まれない。
つまり,登記上の住所が住居表示後のものであれば,住居番号部分の有無で必然的に本籍とは合致しないことになります。
妻である友子も通常は同住所であろうと推測されるので,同様に判断し,前々回説明したとおり,被相続人の同一性を証する住民票除票(本籍及び死亡時住所の記載があるもの)も提供すべし,となるわけです。
しかし,上記の知識は細かすぎるにも程があるというべきものです。
しかも,住所と本籍が異なる事実は問題のどこにも明示されてはいません。
友子に至っては仮定に仮定を重ねなければ結論にたどりつけません。
合格後直ちに通用する実務能力を問うのが記述式試験だとはいえ,正直,この出題はさすがにやり過ぎだろう,と今に至っても思います。
住所と本籍が異なる場合の取扱いを聞きたいのであれば,問題上でその事実を明示すべき。
実務を行う上では,戸籍の本籍欄の実物と登記上の住所を照合すれば,同一人と認められるか否かは一目瞭然なわけですから,上記知識を知らなくても何も困ることはありません。
試験対策的には,住所と本籍が異なる事実が明示されず,迷うくらいなら,迷う時間を択一や商登記述に回してください。
添付情報1個と択一1問の正解では,どちらが合格に近づけるか,戦略的な時間配分も重要です。
■ 注意すべき他のケース1
添付情報を一覧から記号で選択する方式が始められた平成25年度以降,今までのところ,戸籍の選択肢が複数あり,その選択に迷いそうなものは,今回とりあげた(数次相続を含め)単純な法定相続に関するものしか出題されていません。
(平成25年度,同27年度,同30年度,同31年度,なお平成29年度は既にされた共同相続の登記の錯誤更正で,新たに名義人となる相続人がいないため,戸籍不要となるケース)
単純な法定相続以外で,今後の出題が警戒されるケースについても触れておきましょう。
☆特定財産を特定相続人に「相続させる」旨の遺言に基づき,「相続」を原因とする移転登記をする場合
→登記原因証明情報としては,遺言書のほか,①遺言者死亡,②申請人である受益者が相続人であり,相続開始時に生存していることを証明できる範囲の戸籍の証明書を提供すれば足りる。
「相続」を原因とする以上,受益者は相続人でなければなりませんが,他の相続人の有無はこの権利変動に影響しません。したがって,他の相続人の存在だけでなく,不存在を証する戸籍も不要ということです。
この場合,戸籍は全部事項証明書1通や,遺言者と受益者の各個人事項証明書の計2通で足りることもあり得ますから,実にお手軽です。
■ 注意すべき他のケース2
☆共同相続登記が未了で,遺産分割の協議に基づき「相続」を原因とする移転登記をする場合
→遺産分割協議書のほか,単純な法定相続の場合と同様の①被相続人の死亡,②相続人全員(相続開始時における現存を含む相続関係),③他に相続人がいないことを証明できる範囲の戸籍の証明書を提供することを要する。
被相続人死亡と申請人となる相続人の関係を戸籍で確認すべきなのはもちろんですが,他の相続人の分まで範囲が拡げられるのは,遺産分割の協議成立には,相続人全員の合意が必要で,それを登記官が確認するには戸籍で相続人全員を把握する必要があるからです。
☆他方,遺産分割が調停又は審判による場合
→調停調書謄本(又は審判書謄本及び確定証明書)が登記原因証明情報となり,原則として,戸籍の証明書の提供を要しない。
家庭裁判所が関与するこれらの遺産分割手続は,相続人の全員性を含む相続関係を裁判所が確認した上でなされますので,登記官が改めて戸籍を確認しなくても,調停調書又は審判書で「相続」による権利変動を十分明らかにできるからです。
ただし,調停調書又は審判書に被相続人の死亡日が明示されていない場合には,原因日付を明らかにするため被相続人の戸籍の証明書(個人事項証明で足りる。)を要します。
■ 戸籍の読み方について
最後に。
本試験で戸籍の証明書が別紙として示されるのではないか。戸籍の読取り方法も習得する必要があるのではないか。と心配な方もおられるかもしれません。
たしかに,かつて戸籍が別紙として示されたことはあります。
しかし,それはかなり昔,2度だけ(昭和55年度,同63年度)であり,かつ,読取り方法というよりも,正確な民法知識の有無が問われたものでした。
前々回の全部事項証明書の見本をみればわかるとおり,そもそも戸籍は読み方を習わなければ何が何だかわからないというものではありません。
戸籍に限らず,見慣れない別紙には多少の心理的抵抗があるものですが,日本語で書かれている限り読めないはずはない,との心構えで取組めば,必ず読み取れるものです。
したがって,戸籍の読み方の習熟にこの時期,時間を割くのはあまりに非効率といえるでしょう。
今回の連載で,戸籍に関するモヤモヤが,多少でも減った方がおられれば幸いです。
しかし,まだ多くのモヤモヤが残るのが実状と思います。
でも,それでいいのです。
誰でも,多かれ少なかれモヤモヤを抱えたまま,合格しています。
テキストにも載っていないということは,合格に必須の知識ではないと割り切って,深追いしないことです。
直前期,時間は特に貴重です。
そのモヤモヤを今,解消することが合格に必要か,他に優先すべきことがあるのではないか。
常に優先順位をつけて,効率的な時間配分を心がけ,少しでも合格に近いコンディションで本試験の日を迎えられるように励んでください。
(了)
【シリーズ第1回、第2回はこちら↓↓↓】