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おわりに | 東京から唄う八重山民謡

 このエッセイ集を書くにあたって、また八重山民謡を習い始めてからこのかた、喜舎場永珣氏の『八重山民謡誌』をはじめとする解説書を幾度となく繰ってきた。初めから通しで読むのではなく、関心の赴くままに、辞書を引くように、この唄、あの唄と読み散らしている。

 雑な読み方をしていることは、著者たちに対して恥ずかしくなるばかりだが、大いなる憧れの念もあって、唄のタイトルを節見出しにし、歌詞を引用するというスタイルを真似させてもらった。続く本文は解説ではなく、その唄を唄う場で起きたことや、考えたことをまとめたエッセイであるのはご覧の通りである。

 解説をするには圧倒的に経験も研究も不足していて、論文のような形式もとらなかったために、とりとめなく綴ってきた。経験が浅いからこその観点で語っているために、八重山民謡の先生方や先輩方には、とっくに答えの出ている話もあるだろうし、わたしの誤解もあるかもしれない。誤りがあっても修行中の身としてお許しいただき、ぜひ正解を教えていただければと思う。

 本編で触れたように、このエッセイ集ではユンタにはあまり言及できなかった。また唄三線は舞踊の地謡としての役割が重要であるにもかかわらず、舞踊についてはまったく対象にできなかった。それはひとえに、東京住まいが原因である。どちらも接する機会がごく限られているのだ。

 それにもかかわらず、八重山民謡をテーマにしたものを書くなんて、とほかならぬわたし自身がそう思うのだが、八重山民謡を習う人の入口に立ち並ぶ節歌からでも、いろいろと面白いものが見えてくるのだということを、まだわたしが入口にいる間に書き残しておきたいと考えたのである。

 三線の師匠には、レッスン中はもちろんのこと、メールやラインでたびたび質問させていただいた。快く質問を受け付けてくださり、その答えやお茶目な性格まで原稿にすることをお許しいただき、感謝に堪えない。

 三線に2年遅れて、わたしは八重山の箏曲も学び始めた。師匠と姉弟子にもたくさんのヒントをいただきながら、話を単純化させるためにお名前も箏曲の話も出さずじまいになった。いつか箏曲のことも、何らかの形にできればと思う。

 石垣市民会館で「五福の舞」を見たのは、2022年10月、石垣市の各地の青年会が芸を披露する、青年文化発表会でのことだった。数席置いた隣に座っていたのは、ユニフォームTシャツを着た、八重山に3校ある高校のうちのいずれかの郷土芸能部の女の子たちだった。八重山の高校の郷土芸能部といえば、郷芸部の略称が知れ渡るほどメジャーな存在で、全国的にもトップクラスの芸を身につけた子たちだ。踊り手が松から一福ずつ、決め台詞を言いながら舞台中央に集まり、五福が合体していくのを、その子たちは声に出さずに全身で歓声を上げながら、しきりに写真に収めていた。未来の伝承を担う主役たちが、キラキラとした目で舞台を追う姿がなんともたのもしく見えた。

 琉球諸語のなかでも八重山語と与那国語は消滅の重大な危機に瀕していると、ユネスコは2009年に発表している。八重山民謡が負っているものは、東京から思うよりもずっと大きいのだろう。このエッセイが前途ある人々や八重山の外にいる人たちに渡り、八重山民謡をはじめとする八重山文化を愛する一助となることを願っている。

   2022年11月
                               筆者


〈参考文献〉

  • 「あざみ屋・ミンサー記念事業」委員会(2009)『ミンサー全書』南山舎

  • 新城寛三(1998)『解説付 八重山古典民謡歌詞集』

  • 石井龍太・北條芳隆・河野裕美「西表島崎山村跡 2015年度現地予備調査報告」東海大学沖縄地域研究センター『西表島研究』2014、32-43頁

  • 石垣市史編集委員会(1994)『石垣市史 各論編 民俗 上』石垣市

  • 小田原澪(2002)「地域文化としての伝統工芸の現在:石垣島ミンサー織を事例に」『沖縄文化研究』28号

  • 川平永美(1990)『崎山節のふるさと:西表島の歌と昔話』(安渓遊地・安渓貴子編)ひるぎ社(おきなわ文庫、2012年版)

  • 喜舎場永珣(1967)『八重山民謡誌』沖縄タイムス出版部

  • 後藤和久・島袋彩野編(2020)『最新科学が明かす 明和大津波』南山舎

  • 玉代勢長傳・大浜賢扶編(1971)『八重山歌工工四全巻』

  • 玉代勢長傳編(1988)『八重山民謡舞踊曲早弾き工工四』

  • 玉代勢長傳編(1989)『八重山歌声楽譜付工工四全巻』

  • 玉代勢長傳(2001)『技の道一筋:八十五年を顧みて』

  • 當山善堂(2008-2013)『精選八重山古典民謡集』(一)〜(四)

  • 當山善堂(2018)『八重山の芸能探訪:伝統芸能の考察・点描・散策』琉球新報

  • 宮城文(1972)『八重山生活誌』

  • 宮良賢貞(1979)『八重山芸能と民俗』根元書房

  • 宮良信詳(2021)『やいまむに しくみと解説(八重山語)』「ばがーすぃまむに」プロジェクト

  • 八重山観光ガイドボランティアの会(2002)『南のまほろば:観光ガイドブック八重山』

  • 「八重山を学ぶ」刊行委員会編(2018)『八重山を学ぶ:八重山の自然・歴史・文化』沖縄時事出版


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