見出し画像

世界中の人が「聴く技術」を磨けば、多様な才能活きる社会になるー“聴く”のプロ・篠田真貴子さんの操作しないインタビュー術。

ライターのくせに”聴く”のが苦手な私

突然だが、皆さんは誰かの話を聴くことが得意だろうか。私は海外ドラマコラムニストの職業柄、年間多くのセレブへインタビューする機会がある。しかし「話を聴く」ことがどうも苦手だ。人と話をすることは好きなのになぜインタビューになるとよいアウトプットを出せないのか、悩む私に夫が放った一言が強烈だった。「これまでの人生、人の話をまともに聴いてこなかったからだよ」。

「口から生まれた子」、「口は災いの元」、「一言多い」……、幼いころに何度親から言われたことか。見渡せば、今、私の周囲にいてくれる大切な夫や親友も、聞き役に徹してくれる人たちばかり。仕事でも、自分の意見を主張をするコラムの執筆を生業にするなど、これまでの人生、「聴く」より「話す」シーンのほうが圧倒的に多かった。

しかし、「人の話を聴く」ことが嫌いというわけではない。全く別の考え方に出会い、新しい価値観に触れられる最高の経験でもある。”上手く聴くことができない”、ただそれだけなのだ。

そんな私が、「聴く技術」を教えていただく機会を得た。私が尊敬するライターの宮本恵理子さんが、エール取締役の篠田真貴子さんにインタビューの極意をお伺いする公開インタビュー企画だ。

「聴く」と「話す」のプロ・篠田真貴子さん

篠田さんといえば、「日経ビジネス電子版」でインタビューの連載を持たれていたり、イベントでモデレーターやスピーカーをされたり、まさに「聴く」と「話す」のプロでいらっしゃる。ほぼ日CFO退任後の現在は、社外人材によるオンライン1on1を提供するエール株式会社の取締役に就任。まさに「聴く」ことに向き合う日々を送っている。

そんな篠田さんの「聴く技術」は、インタビュースキルだけでなく夫婦関係や子育てなど実生活にまで役立つもの。老若男女、世界中の人たちが篠田さんのように「聴く」ことを大切にしたら、もっと平和になるかもしれない。篠田さんのインタビュー論を伺っていると、そんな気持ちになれた。豊富に受け取った学びの中でも、特に参考になったスキルをご紹介する。

■Profile

▼インタビュイー(語り手):篠田 真貴子(しのだ まきこ)

篠田さん

​慶應義塾大学経済学部卒、米ペンシルバニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士。日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年10月にほぼ日(旧・東京糸井重里事務所)に入社。同年 12 月から 2018 年 11 月まで同社取締役CFO。1年間のジョブレス期間を経て、エール株式会社の取締役に就任。「ALLIANCE アライアンス —— 人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用」監訳。        Twitter:@hoshina_shinoda

▼インタビュアー(話し手):宮本 恵理子(みやもと えりこ)

宮本さん

筑波大学国際総合学類卒業後、日経ホーム出版社(現・日経BP)に入社し、「日経WOMAN」や新雑誌開発などを担当。2009年末にフリーランスとして独立。主に「働き方」「生き方」「夫婦・家族関係」のテーマで人物インタビューを中心に執筆。一般のビジネスパーソン、文化人、経営者、女優・アーティストなど、18年間で1万人超を取材。主な著書に『大人はどうして働くの?』『子育て経営学』『新しい子育て』など。担当するインタビューシリーズに、「僕らの子育て」(日経ビジネス)、「夫婦ふたり道」(日経ARIA)、「ミライノツクリテ」(Business Insider)、「シゴテツ(仕事の哲人)」(NewsPicks)等。

▼執筆担当:伊藤 ハルカ(いとう はるか)

海外ドラマコラムニスト。自称”日本一海外ドラマを見る女”として、SVODを中心に一日に平均8時間、年間150タイトル以上の海外ドラマを視聴する。VOGUE GIRL日経doorsWoman typeなど複数のメディアで海外ドラマの連載を担当。テレビやラジオなどでも活躍中で、2017年よりエミー賞の現地取材を担当。プライベートでは、2児のママ

会話を引き出す感覚が苦手。”操作する”ではなく”面白がる”

トークイベントにおけるモデレーターは、オーディエンスをゴールまで導く重要かつタフな役目。スピーカー同士が盛り上がり、話が思わぬ方向に進んでしまったり、逆に一つのテーマから先に進まなかったりする際にも、「華麗かつスマートに進行される篠田さんに惚れ惚れする」と宮本さんは話す。

モデレーターに限らずインタビュー取材の肝でもある、”相手の会話を引き出す”力。それを養うために篠田さんが意識されていることはあるのだろうか。

”私、「話を引き出す」という感覚が少し苦手なんです。相手を操作しているような感覚になるでしょう。その意図はないんですよ。もともとインタビューやモデレーターのお仕事は、私にとって本業ではないので、プロから見れば“いやいや”と思うところもあるかもしれないのですが…私は、「この人にお話を聴くと面白くなりそう!」と思ってお話をお受けしています。なので、予め想定した答えを引き出すよりも、「やっぱり面白かったじゃん!」って最後に言いたいんです(笑)。そこに向かっていこうとしている感じ。私が面白がれるところを探していくイメージですね”

インタビュアーなら誰しも、「いかに話を引き出すか」を考える。そんな中での篠田さんの「引き出すのではなく、面白がる」感覚は、まさに目から鱗だ。話し手も語り手も、互いに「楽しい、面白い、新しい!」と共鳴できるようなインタビューが理想。その「面白くなるインタビュー」に着地するために、篠田さんは「とはいえストーリー」を聴くようにしているそう。

「とはいえストーリー」とは、逆側の視点から見えてくる体験談。成功体験ばかりを話す人にはそんな中での失敗話を、逆に苦労話ばかりが目立つようならそんな中での一筋の光を示すエピソードのことだ。メインストーリーがよりくっきりと際立つ話を聴くことができれば、その人をより深く理解できる。それが「面白さ」につながる。

篠田さんは、ご自身の実体験をもとに質問を重ねていくことも多い。だからこそ、語り手も心を開いていく。インタビュー中に、篠田さんへの悩み相談になることも時にはあるそうだが、それほど語り手が篠田さんに身をゆだねたくなるのだろう。

仕事というよりも、「聴く」を純粋に楽しんでいらっしゃるように見える篠田さんだが、事前のリサーチにも注目するポイントがあった。

臨場感こそ醍醐味。事前リサーチの絶妙な塩梅

画像3


”事前のリサーチは、相手のイメージを固めすぎない程度に行います。この塩梅がポイントで、インタビュー記事2、3本と著書1作ぐらいかな。あまりその方について知りすぎちゃうと、わかった気になってうまく聴けない気がするんですよね。オーディエンスと「面白いなぁ!」と楽しむ気持ちをその場でわかちあいたいのです。私が本当に楽しんでいるかどうかは顔に出ますから”

これには、聞き手の宮本さんも大きくうなずく様子。「事前情報にとらわれない」ということは、公開インタビュー企画Vol.4に登場された、BUSSINESS INSIDER JAPAN統括編集長の浜田敬子さんもおっしゃっていた。「言葉は一度口から出たら死んでしまう。だからこそ、特に生のテレビ番組などでは必要最低限の打ち合わせしか行わない」と。

インタビュー取材が決まれば、語り手の方にまつわるすべての著作に事前に目を通さなければ気が済まないインタビュアーも多いが、それでインタビューが必ずうまくいくのかと聞かれると答えはノー。知りすぎて勝手にシナリオを作り上げてしまうことが裏目に出ることがある。

インタビューは生き物。同じ聞き手・語り手であっても、その日のオーディエンスの顔ぶれ、天気や気分で話す内容が変わってくる。だからこそシナリオどおりのインタビューではなく、その時々で会話を楽しむ”面白がり”が重要なのだ。ただ、そんな中でも篠田さんが最低限、事前に準備しておくものがある。

事前にメインフレームとそれを構成する要素を組み立てておくのだ。つまり、記事のタイトルになるような大テーマと、それに紐づくエピソードの仮説をたてておく。それをインタビューを通じてお伺いしていき、自身の中でつなげていく。盛り上がっている最中に、「今、過程の話をしてらっしゃるから、一回コアの話を聴こうかな」など、一度そこからふっと離れてみることもあえてする。話のメインフレームを構成する要素を聴けるように、問いの角度を変えながら話を発展させていくのだ。

うまく話がつながらない時は「本当に納得できているのか」、改めて自分自身に問いてみる。そして、「こういう理解で合っていますか」と自身の言葉で相手に確認をする。

「あーそれ私は無理です!」と率直な感想をニュートラルに述べることができ、相手も面白がってよりオープンに。事前に構成されたフレームを、インタビューを通じて回収していけると、非常に面白い時間になるそうだ。

要約力を磨くコツは「例える」と「探究心」

ところで、篠田さんはメディアの取材も頻繁に受け、「語り手」側に立つ機会も多い。今回の聞き手でもある宮本さんは、インタビュー講座を開講する前に、篠田さんに「話しやすいインタビュー」についてヒントを伺ったことがある。その時の篠田さんの回答、「インタビューを受けながら、まだ言語化されていないものを組み立てていく。その時間を味わわせていただきたいから、回答を急がず少し待っていただけると嬉しい」に非常に納得し、以降とても大切にされているそうだ。

画像4


”日頃から色々と深く考えるのが好きなタイプなんです。でも、自分の力だけでは言葉にならない時もよくあって。インタビュアーにしていただく質問に刺激されて、初めて言葉になって出てくると感動します”

聞き手の気持ちを整理し、言語化を手伝う。そんなインタビュアーを誰もが目指すはず。自身も聞き手のプロである宮本さんは、篠田さんの「要約力」にも注目する。前述のように「つまりはこういうことですよね」と、語り手の言葉を一瞬で理解し、それを短い言葉で要約していく。そのスピードと的確さにいつも驚かされるそうだ。

そんな篠田さんの要約力が養われた原点は、幼いころにさかのぼる。下にきょうだいがいたことから、彼女らにどのようにしたら、うまく自分の考えを伝えられるのかを常に考えていたという篠田さん。さらに小学校4年生までアメリカで生活していたことから、「自分と他人は違う」との感覚が敏感だったとも。どうしたら自分をわかってもらえるのかを常に考え、「例える」ことで多くの場面を切り抜けてきた。

ビジネスウーマンとして長く活躍される傍らで、洋書の監訳なども手がける篠田さん。中学一年生の時に同級生から「Thankって何?」と尋ねられ、思いもよらぬ質問に正しい回答ができなかった。説明できなかった思いだけがずっと残り、後に調べて「感謝する」を意味する動詞と判明。英語と日本語、全く違う言語を双方話せることで、それぞれにどういった意味があるのか、探求する癖が身についている。

ヒントは身近に。書く・聴く・要約力を高める3つの極意

もちろん皆が皆に篠田さんのようなバックグラウンドを持つわけではない。そんな私たちでも取り入れられる「書く力、聴く力、要約力」を向上させる方法を伺った。

①  書く力を育てる:日常生活でのあらゆる”書く”を大切に
SNSでの投稿の際にも、勢いのまま書くことはしない篠田さん。家族や社会のことでイラっとすることがあってもそのまま書くのはご法度。そんな時は、この状況が何に似ているのかを考え、例え話にしてみたり、独自のキーワードに落とし込んだりする。ある方から「うちの会社は育休復帰後の時短勤務は義務なんです!(本人談)」と伺い、驚いたことをFacebookに投稿する際には、書きながら「これって女性活躍推進じゃなくて、”女性活躍抑制”じゃん!」と新しい言葉を思いつくこともあったそう。

また、相手の立場から同じ事象を眺める意識も大切にしている。自身は怒りを感じていたとしても、相手からはどう見えるのか考えるなど、一歩引いたところから事象をとらえるようにしている。

②  聴く力を磨く:相手の発言の背景と意図を意識
語り手だったら、聞き手の方がなぜその質問をしたいと思ったのか、背景や意図を探りながら話す。その逆も然り。聞き手になれば、相手がなぜその発言をしているのかを考える。言葉の裏側を感じることで、より話を深堀できる。

③  要約力を高める:場数を踏む
篠田さんが要約力を高めるトレーニングを積んだのは、主にはアメリカ留学時代と外資系企業勤務時代。留学時代には、自分の主張したいことを少ない語彙で論理的に表現することが求められ、マッキンゼー時代には、図表と分析をロジカルに伝えることが重要視された。

さらに篠田さんのベースにあるのは、インプットした後にアウトプットする習慣だ。インプットしたら、そこから得た気づき・学びをアウトプットしないと気持ち悪いため、均等にバランスを取ろうとする。「様々な環境で失敗しながらでいいので、言語化、要約化するトレーニングをつむことが重要」と語ってくださった。

世界中の人たちが「聴く技術」を磨けば、多様性を認め合える社会になる

画像5

この企画で、宮本さんが語り手の方に最後に必ず尋ねる質問がある。それは「あなたにとってインタビューとは何ですか」。篠田さんは、「インタビューとは知ること」だと即答。宮本さんによると、篠田さんにインタビューをしに行くと、いつの間にか逆に話を聴いていただくことが多いそうだ。聞き手か語り手かなどの役割意識があまりなく、「相手の経験や知識をもっと知りたい!」と前のめりになる篠田さん。彼女の知的好奇心は、インタビュー取材において「当たり前なのだけれどつい置いていきがちな大切なこと」を、私たちに教えてくれる。

インタビューの仕事だけではない。「聴く」ことは組織や社会でも応用できると篠田さんは断言する。

例えばオープンイノベーション部門の方々に、ランチは誰と食べているのか尋ねると、大抵の方が毎日同じ人と食べていると回答する。「組織の文脈と全く違うものを組み合わせることがお仕事だとしたら、この状況はよくないですよね」と苦笑する。自分とは違う環境にいる多様な人と積極的に出会い、その人たちの話をフラットに聴くことができなければ、イノベーションを生み出せないはずと考える。

組織とは、社内と社外に壁をつくるものなのですが、その壁を越えるコミュニケーションを私たちは作る必要がある。つまり、それが”聴く”ってことなんです。企業と個人のフラットな関係にも「聴き合う」ことが大切です。ただ、私たちは話す・伝えるスキルはトレーニングしてきたけれど、「聴く」というトレーニングはほとんど受けてこなかったんですよね。プレゼンだけ場数を重ねたり、聴く人は黙って静かにするよう教えられたり。仮に現在の”話す”と”聴く”のバランスを99:1だとすると、今後は、80:20ぐらいで”聴く”にバランスを傾けられたらいい。そのぐらいがちょうどいいのではないでしょうか。”

相手の文脈を聴きにいくスキルが身につくと、多様性が衝突する問題も起きにくくなるし、SDGsの達成を目指すなど、企業や個人として社会によい影響を与えようとする時に、効果を示すはずだと話す篠田さん。今、世の中がまさに「聴く」の方向に向かっているのだ。

以上、”聴くのが苦手”な私の学びを紹介した。この記事はインタビュー取材のスキルを学びたい方だけでなく、子育てに悩む方、組織作りに悩む方など、すべての方に読んでいただきたい。その悩みの答えは、きっと篠田さんの語る”聴くこと”にあるからだ。

(取材:宮本恵理子、構成・文:伊藤ハルカ)

インタビュー特化型ライター講座「THE INTERVIEW」
インタビューのプロフェッショナル・宮本恵理子さんから、インタビュー力を高める上で必要なマインドセットを学ぶオンライン講座。各2時間・全3回開催。定員10名の少人数制。事前登録すると、日程の先行案内が届く。
the-interview.jp
「THE INTERVIEW」公開トーク
「THE INTERVIEW」のスピンアウト勉強会。講師・宮本さんの豪華ゲストへの生インタビューを視聴する、公開インタビュー企画です。講師の宮本恵理子さんに、多数寄せられた受講生からの声「宮本さんのインタビューを見たい!」。それに応える形でスタートしました。過去のインタビューはこちらから視聴できます。
            



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?