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日芸出身者は、ポール・サイモンの楽曲の夢を見るか?
昔の話である。
日芸の文芸学科の学生だった。
当時、その学科は、石を投げれば、小説家志望の学生に当たるような感じで、ねんがらねんじゅう、仲間と小説の話をしていた。文学論、あるいは小説家のあるべき姿勢というものについて語り合っていた。
そういう人間は、のちに自分が作家として世に出て行くことを盲目的に確信していて、多くの場合、傲慢で、攻撃的だった。
そのなかで、いまでもよく覚えていることがある。
Hと、いっしょに、図書館で、文芸雑誌の新人賞の選評を読んでいた。
Hは、中上健次の小説が好きな男だったが、自分が書く小説は、中上的というより、もっとポップで、サブカルに寄っていた。
若い作者の投稿作品について、ある選考委員がこう書いていた。
「この作者は、もう10年、小説を書くのを待ってもいいと思う。本を読み、経験を積んで、改めて書き始めてもいいと思う。才能があるのだから」
Hは、その雑誌の選評を読みながら、こういった。
「この選考委員はさ、この作者が、10年たったら、絶対に小説を書いていないことを知っているんだよ。ライバルを消そうとしているんだよ」
その最終選考に残って、名前が載った作者の名前は覚えていない。10年後、書き始めただろうか。
Hは、長髪で、細長い顔、細い目。いつもブラックの革ジャンを着ていた。当時流行り始めたウォークマンを耳にしていた。在学中から純文学系の小説新人賞に投稿をしていた。「群像」に投稿して、二次予選を通過した、という話を聞いた。学内の小さな賞にも応募し、2等か3等を取っていた。
後年、ライターになり、サブカル系の雑誌に文章を書いているようだった(原田知世は天使だとか、そういった文章を読んだことがある)。
ある日、たまたま書店で、Hの名前が印刷された文庫本を見つけた。
有名少女小説の新人賞受賞作だった。
その小説のタイトルは知っていた。在学中に、Hから読ませられた小説だったからである。ポール・サイモンのソロアルバムの楽曲をタイトルにした小説だった。
少年の話だった気がしたが、かなり書き直したのかもしれない。
小説の投稿は、純文学系だったHが、少女小説だったことは、意外だった。
ただ、
「とうとう成功したんだな」
と私は思った。
それから長い年月が過ぎた。その後、書店の書棚で、Hの名前を見ない。
たったいま、ネットで検索したが、一件もヒットしなかった。
このネット、SNSの時代に、作品を発表している人間で、1件もヒットしないのは、異例である。
どこで、どうしているのだろうか。
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