新刊「切望ブルー、ピンクフォトグラフ、イエローラブ」が発売されます
電池の残量と自分が浅く深くつながっている。
以前、noteに書いていて、中断していた「切望ブルー、ピンクフォトグラフ、イエローラブ」という長編小説がある。「アラフォー女子の厄災」のあとがきで、「比較的長い小説」と記していた小説である。「切望ブルー、ピンクフォトグラフ、イエローラブ」は、この小説を原型として、新しくアイデアを付け足したりして、大幅に改稿を加えた。
イケメンだが、女はいない。童貞。音楽が好きで、独りで、レコード屋に行き、ネオアコースティックの音源を収集している。そんな高校教師が、何の興味もなく、ろくにルールも知らない野球部の部長を任され、部の不祥事の解決に翻弄される話である。ミステリー風味になっている。
通奏低音のように、ネオアコースティック(ネオアコ)音楽がわんさと出てくる。
二人称で書かれた高校野球青春ミステリ小説である。
書きだしはこうだ。
スマホの充電が完了すると、透き通った満腹感が胃にわき起こる。きみは、そんな奇妙な感覚を持っている。
電池の残量と自分が浅く深くつながっている。
ある日、スマホの電池がぷつんと切れたことがあった。自分の息の根が止まったような気がした。あ。自分が死んだ、ときみは思った。
外出しているとき、きみはたいていスマホで、音楽を聴き続けている。
音楽を聴きながら、スマホに収められた、ある写真を定期的にのぞく。
ふっと、息がもれる。ミントに似た香りがする。いや、香りなんてしない。プールで泳いでいるとき、苦しくなって、顔を上げる。息切れ。ごぼごぼ。大きく口をあけて、息を吸う。息継ぎ。そう、あの感じ。
深く、苦しい。
インスタグラムをやっていると、スマホの電池の減りが早い、と聞いたことがある。インスタをやっていないきみに事実はわからないが、それならぼくには、インスタはできないな、ときみは思う。
きみは女がいない男である。背丈は百六十八センチで、体重は五十キロ。スポーツマンとは正反対の体型である。基本的に、秀才タイプで、学生時代、成績は常によかった。顔面の彫りは深く、瞳が大きい。じつはイケメンと呼んでもいいくらいのマスクをしていたのだが、女にもてない。
このままでは妖精になるな、ときみはときどき考える。三十歳までに童貞を捨てないと、妖精になるという都市伝説があるのだ。特別なちから。すなわち魔法が使えるようになるということで、ネットの一部では神聖視されているが、世間一般では、とくに男たちのあいだでは、たいていは侮蔑、あるいは揶揄の対象でしかなかった。きみは二十五歳になったばかりだった。
きみは童貞だが、女のリアルを知っている。思い出したくもない、ときみは思う。多くの妖精男子はそれを知らない。女の妄想だけを食べて生きている。女を知った瞬間、得るものがあるかわりに、おそらく失うものもあるだろう。
それは、妄想力である。
妖精化していくことに対して、きみは、恐怖や恥ずかしい感覚、苦しい感情を持っていなかった。むしろ、清々しく心地のよい、爽快感があった。
きみは音楽が好きだった。とくに、ネオアコースティック(ネオアコ)と呼ばれるギターメインのインディーポップが。ギターをじゃかじゃかかき鳴らす。美しいメロディー、清新なリズム。他人の耳に媚びない、ひねくれた音楽的な姿勢。そこには、普遍的な青春の輝きがあった。自分が持っていない、自分には決してない輝きだ。
内的な変化があって、きみはますますアナログ・レコードを聴き、ひとりぼっちで時間を過ごすことを好むようになった。
「テイラー・スウィフトはいなかった」に続く小説です。
11月1日(日)に発売です。
どうぞ、よろしくお願いいたします<(_ _)>