シーシー問題
題字:タナカカツキ
「老い」の初心者としてシリーズ第2回です。(1回目はこちら)noteの使い方がさっぱりわからない、よぼよぼなのにヨチヨチ歩き。よろしくお願いします。
数ヶ月前のことです。
ぶらりと近所の定食屋でミックスフライ定食的なものを食べたところ、食べたものが歯に挟まったんですね。
まあまあまあ、それはいいじゃないですか。歯に食べ物が挟まることくらいはありますわ。鶏のささ身やイカとかね。繊維質がこれでもかと主張してくるタイプのヤカラがぐいぐいと歯に挟まってくることありますね。ないって言ってる隙間をこじ開けて入ってくる感じで。人間だったら炎上してるような傍若無人な態度で。だけど、食べ物だったら普通のことですよね。
ただ、この日のことを覚えているのは、違和感というかなんというか、あれ、これは結構大胆な「はさまり」だぞ、とうっすら感じたってことなんです。脳裏に映画「HASAMARI」の予告タイトルが現れたというか。
翌日また挟まったんですよ。
ランチを食す時間もなく、セブンイレブンで買った高菜のおにぎりと、揚げ鶏、コーシーという組み合わせを歩きながらのところ「はさまり」を感じたんです。昨日と同じくらいの自由奔放な「はさまり」を。
まあまあまあまあまあまあまあ、ねえ? 高菜というのは、挟まるために産まれてきたみたいなところありますから。いやな感じを抱きつつも「たまたまかな、たまたま2日連続かな」という方向のアレで気持ちを落ち着かせました。
まあ、2日連続で強めのハサマリ感が来ましたので私の脳には「DAY 2」という文字が浮かびはしましたね。これによって1日目の思い出も強化される感じで。
で、また翌日ですよ。もーう何が起こったかおわかりと思いますが。
勤務している大学の学食で食べた唐揚げラーメンの唐揚げの断片が歯間にねじ込まれてきました。こう書いていると揚げ物食べすぎちゃうかと思いますけれども、それは置いといて、とにかくまたねじ込んできたわけです。
ここらあたりで、さすがに「あれ?」と思いました。
なにか重大なことが起こっている!? という不安の鎌首がね「やる気まんまん」のオット君のようにグーンともたげたんですね。
三度目の正直 vs 二度あることは三度ある
この問題ですが、もうわたしは三度目の正直に軍配を上げた感じです。
これ以降はもう「どうせ挟まるんだろ!」という思いで過ごしてますし、実際に挟まってきます。
原因は「老い」による歯ぐきの「痩せ」ですかね?
朝、茹でたソーセージを食べて挟まり、昼はボンゴレ・ビアンコの魚介類が挟まり、夜はキンパに巻かれたタクワンが挟まり、もう一日中挟まってるわけです。幸い在宅ワークが多いので、挟まっては歯間ブラシで取り、挟まっては取り。口を濯げば、洗面台は台風翌日の河川のように異物にあふれているわけです。
毎日毎食ですよ?
ある日を境に、「はい、今日から100%挟んでいきま〜す!」って宣言されると思ってなかったんですよ。昨日と今日の境目がデジタルすぎないかと。わしゃデジタル・ネイティブかと。
アウトドアシーシーの葛藤
外出時にも容赦なく挟まってきます。
近所の定食屋でガツッと挟まられたりすると、取りたい、いますぐ取りたい! と思うわけですよね、そして初めて目の前の「爪楊枝」というブツに目が止まりました。
はっ、としましたねえ。
これか、これだったか、おっさんたちがシーシーやってるアレか〜。あれ、いままでおっさんたちに「なんだよシーシー、シーシーやりやがって、クリエイティヴコモンズじゃねえんだからよう」って思ってたわけですが、あー、アレ、あれがコレか、コレだったか、たしかにシーシーの抗いがたさがね。それがいまキました。あのおっさんたちの仲間入りをする日がついに来たか〜〜〜〜、とちょっと感慨深さのような、なにかに柔和な笑顔でうなずくような気持ちになったんですよね。その時のわたしは笠智衆のような表情になってたと思います。
しかし、爪楊枝シーシーには、なにか抵抗がある。
いい歳のおっさんでね、羞恥心などとうの昔に捨てた気分で生きているわけだけれど、この定食屋空間で爪楊枝を取り出してシーシーすることに、わけのわからなぬ葛藤がある。
「爪楊枝を持って出て、路上でこっそりとこの肉を取り出すか。いやしかし、それもなんだかコソコソ悪いことしているようで気持ちがわるい。いやいや、しかしこのまま放置したら歯間で熟成肉ができてしまう」
という逡巡。
この先、どうしたらいいんだろう。
クランベリーフレーバーショック
トボトボと家に帰って、この妻に話題をしたんです。
「はさまり」の老いるショックを慰めてほしかったのかもしれません。
しかし
「インフルエンサーっているでしょ?」
と、思ってもいない方向からの返事。それ関係ありますか。
「あの人達が、instagramとかでポーチの中身とかを公開してるんだよ」
あるね。雑誌の企画でもちょいちょい見るような。
「あの中にフロス入ってるの気がついてた?」
えええっ!? うそっ!?
ちょっと待ってくれ、ということは、インフルエンサーはトイレとかでフロスでゴリゴリと熟成肉を取ってるってことになるやん?
ほ、ほ、ほんまや〜〜〜〜〜! 知らんかった〜〜〜〜〜!
まじかよトゥースケア。
待ってよ、クランベリーフレーバー。
「世の中には、おじさんが堂々と外でやっていることで、女性が同じことやるとへんな目で見られることいっぱいあるんだよ」と妻。
Oh…
つまりシーシー問題は、私の理解では、「放屁」のようなものか?
おっさんは屁をこいている。疲れているときには屁の推進力で歩いているのかと思うほどの屁こき率。
一方屁を人前でこかない男性もいる。
女性の屁とは、外で出会う機会はほとんどない。
シーシーもある意味そういうものなのか?
わたしはおっさんという既得権にあぐらをかき屁をこくようにシーシーを実行しようとしていたのか?
それは今の時代とずれている??
なんか思ってたよりでかい話になってきた……。
というようなことを、歯にものがはさまったまま書いてみました。
第3話「四季のように髪の毛を」
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