レポート | いわき地域医療セミナー | 「語り」が紐解くまち、暮らし
福島県立医科大学といわき市医療対策課が連携して行っている「いわき地域医療セミナー」という医学生向けのプログラムがあります。地域医療の現場を体験しながら学ぶことで、地域医療のリアルを知ってもらいたいという思いからはじまりました。
地域医療セミナーは2013年から毎年行われており、いとちプロジェクトでも、3年前から医学生の受け入れを開始しました。そして今年も計3回、45名近くの学生が参加してくれました。
今回は、2024年に3回行われたセミナーのうち、3回目のセミナーについて振り返ってレポートしていきたいと思います。毎回、セミナーでは普段いとちプロジェクトが行っている「まち歩き」を行っているのですが、どのような狙いでまち歩きが行われ、学生たちはどのような学びや気づきを得たのでしょうか。いとちインターンの小林歩記がレポートします。
いたるところに潜む町の歴史
この「まち歩き」は、かしま病院のある鹿島町にどのような風景があり、ここでどんな暮らしが営まれているのかを想像しながら歩くプログラムです。
学生は3人1組になり、住民のみなさんと一緒にまちを歩きます。学生たちは「鹿島町らしい写真を撮る」というミッションが課されていて、地域の専門家である住民から、いかに話を引き出せるかが鍵となります。
この日、地域住民として参加したのは、鹿島町在住の病院職員、長年かしま病院に勤めている病院職員、そして4月から鹿島町に住みはじめた私の3名です。グループに分かれて軽く自己紹介をしたら、さっそくまち歩きがはじまりました。
私が案内したのは鹿島町の久保地区。久保は、いわきの主要道路である「鹿島街道」が通っていて、交通量の多い場所です。しかし、一本路地に入ると、段々畑が広がるのどかな景色へと雰囲気が一変します。
ある学生が、お宅の庭に置かれている小舟を見つけました。別の学生からは「いわき市は漁業が盛んですもんね」という声が。そこで私は、鹿島の「船戸」という名の地域を例に出し、「歴史資料には、かつてはこのあたりまで海が広がっていたと書かれていました」と学生たちに伝えました。
歩いていると、新しい家と古い家が混在するエリアに到着しました。鹿島町には、古きよき農村を感じられる場所だけでなく、ここ10年くらいの間に建てられた新しい住宅が密集する場所があります。ここで私は、「なぜいろんな年代に建てられた住居があると思いますか」と学生たちに問いかけました。まちあるきを通して、地域の歴史や過去について思考を巡らせてほしいと思ったからです。
2024年3月10日。私がいわきに初めて訪れたのは、東日本大震災から13年を迎える前日の日でした。1週間ほどのいわき滞在で、まわりの方から災害発生当時のいろんな話を聞きました。新しい家と古い家が混在するこの場所も実際に歩き、「このあたりは、原発事故後、いわきに避難してきた方が新しく建てた家が多いんだ」と教えてもらいました。
この家には、新しい綺麗な家という一面以外にも、ふるさとを離れざるを得なかった人が暮らす家という一面がある。建物の復旧が進み、震災当時の様子を感じることは難しくなっているものの、一人ひとりが災害をそれぞれ受けとめながら、今この地で暮らしているのだと気づきました。
あの時教えてもらったいわき・鹿島の歴史を、今度は私が医学生たちに伝えたい。そう思った私は、いろんな視点でまちをみてもらうために、これまで見聞きしてきた鹿島を伝えたり、スポットごとに立ち止まって問いかけることを意識しました。
鹿島を初めて訪れた医学生も、地域の専門家のみなさんとのおしゃべりから鹿島らしさを学び、心に残った風景を撮影していきます。
ここで過ごした思い出も、「鹿島らしさ」
ひと通りまち歩きが終わると、チームで選抜した写真を共有し、撮影した理由と共に発表します。どのチームも、それぞれの視点で鹿島町の歴史や文化を物語るシーンをカメラに収めていました。
発表が終わると、講師の小松さんから「みなさん、鹿島町がどのような地域なのかをよく捉えられていると思います。ですが、せっかく地域住民の方と町を歩いているので、その人にとっての鹿島町を感じ取れるようになるといいと思います」という話がありました。
鹿島町の歴史については、インターネットで検索すればいくらでも情報が出てきますが、住民のみなさんと一緒に歩くことで、ネットで検索できない思い出を知ることができます。一見、特徴のない風景に見えたとしても、誰かにとっては大切で、その人と切り離すことができない風景かもしれない。何もない場所と決めつけるのではなく、その地域住民にとってはどのような場所なのかを聞いてみることも大切だと小松さんは語ってくれました。
この話を聞いて、私にも思い当たる場所がたくさん浮かびました。鹿島小学校の学童でアルバイトしている私にとって、学校の校庭は、子どもたちと遊んだ楽しい記憶がつまっています。鹿島町に広がる自然は、古き良き農村の景色というよりも、私にとっては落ち込んだ時にぼーっと眺めたくなる景色です。
たしかに、思い出には、個人の体験や価値観、人生がつまっており、その人が大切にしている「暮らし」をビビットに浮かび上がらせてくれます。
今回のまち歩きで、私は鹿島の歴史を伝えることを意識してしまっていたように思います。私にしか語れない「鹿島」をありのままに伝えることに意味がある。この気づきを胸に、日々のいとちワークに取り組んでいきたいと思いました。
いとちプロジェクト・かしま病院が行うまち歩きは、単にまちの歴史について詳しくなることがゴールではありません。患者さん一人ひとりが大切にしている価値観、生業、暮らしを想像できるようになること、地域を診る視点を養うことがゴールのプログラムです。
目の前にいる患者さんが、どのような人生を歩んできたのか、どのようなことを大切にしているのか。患者さんを「全人的」に捉えるヒントが、「地域」にはたくさんあります。「まちあるき」ワークを通して、患者さんを全人的に診るヒントを掴んでみませんか?