レポート | いとちツアー | 病気を治すだけが医療じゃない。医療と地域を学ぶ地域医療実習とは?
地域医療を学ぶために、1泊2日の「いとちツアー」で福島県いわき市に訪れた杏林大学のみなさん。今回参加したのは先生、医学生、看護学生の計7名です。自分のルーツがあるわけでなく、足を運んだのも今回が初めてという土地で地域医療について学ぶことは本当に可能なのか・・・。
常磐線に乗っていわきにやってきたみなさんをみた時に、ちょっとした不安が頭の中によぎっていました。しかし、ツアー終了後、ある学生の言葉を聞いて私の不安は杞憂だったことがわかりました。
「今回のツアーだけでは、正直『地域医療』とは何かを私が語るのは難しいと感じています。まだ言語化はできていないけれど、いわきで体験したこと、感じたことを持ち帰って互いに問いかけあっていきたいと思います」
「地域医療とは何か」を考える「学びの旅」の入り口に立つ。ここにこそ、いとちツアーの価値があるのかもしれない。学生の言葉を受けて、そんなことを感じました。
今回のnoteでは、2023年3月16日〜17日の2日間にわたって開催された「いとちツアー」を振り返り、旅の様子をいとちプロジェクトの前野がレポートしていきます!
「医療」と「地域」を学ぶいとちツアー
旅の詳細にすすむ前に、改めて「いとちツアー」について紹介したいと思います。いとちツアーとは、医療や看護、福祉を学ぶ学生がいわきの各地をめぐり「医療」と「地域」を学ぶツアーです。
ツアーを運営するのは、医療と地域、「い」と「ち」の担い手によるコミュニティデザインプロジェクト「いとちプロジェクト」。2022年6月にプロジェクト立ち上がりました。医療と地域の関係性を見つめ直すことを目的に、さまざまな立場の人がお互いの考えを共有する「いとちかいぎ」、地域包括ケアセンターと合同企画で行った「体力測定会」など、さまざまな取り組みを行ってきました。
1泊2日のツアーを実施したのははじめてで、今回が、いわばいとちツアーのプロトタイプとなりました。ツアーを企画した背景には、学生に医療の現場だけでなく、「地域」を体感してほしいという思いがありました。
その人が暮らす「地域」に目を向ける
大学では、学生が卒業時まで身につける知識・技能・態度を総合的にまとめた学修目標、「モデル・コア・カリキュラム」に沿って学びの計画がつくられています。
文部科学省が発表している「医学教育モデル・コア・カリキュラム」をみてみると、医師として求められる能力や医学の基礎知識を学ぶ座学、さまざまな症例を診る臨床実習を行うことが計画に定められていました。こうしたカリキュラムをもとに、独自のプログラムや実習を大学側が企画し、医学教育を行っているのです。
カリキュラムは、社会の変化によって見直しが図られてきましたが、最近では令和4年に医学教育モデル・コア・カリキュラムが改定されています。新たに追加された能力のうち、特に注目したいのが「総合的に患者・生活者をみる姿勢」です。
地域の人たちが治療や診察で病院に訪れるのは、暮らしの中のほんの一時に過ぎません。これまでインタビューしたかしま病院の医師やスタッフのみなさんが話されていた、「病気だけでなく、病気になった背景や地域での暮らしに目を向ける」視点が、今後より重要になってくるというわけです。
病院や大学など、施設の中で行われている医療を学ぶだけでは、患者の暮らしを想像することや地域に目を向けることは難しい。だからこそ、人の暮らしが近くで感じられる地域、そこで行われている地域医療を体験する場が必要である。
「総合的に患者・生活者をみる姿勢」が今回新たに追加された理由はここにあると考えます。今回のいとちツアーでも、病院や診療の現場を見学する以外に、震災の記憶や記録を展示する「いわき震災伝承みらい館」、温泉とご飯で身体を癒す「いわき健康センター」に足を運び、「地域」を知ってもらう機会をつくりました。
こうした取り組みが進む一方、首都圏の大学では地域医療を学ぶ地域との接点がなく、学びの体制を整えられていないところも多いといわれています。
土地に根付いて地域医療に取り組んできた地方の病院は、学生にとって最先端の学びのフィールドである。学生を受け入れる地域側も、自分たちの現場の取り組みを発信していくこと、つまり大学と地域の連携が、今後の地域医療を支える担い手を育てる上で大切になってくると思います。
2日間のいとちツアー
ここからは、印象的だったエピソードをいくつかピックアップして、ツアーの様子をお伝えします! 2日間のいとちツアーは、以下のスケジュールで進んでいきました。
よりよく生きるための「海」
1日目。はじめに向かったのが「いわき震災伝承みらい館」です。いわき市豊間地区の出身で、現在震災の語り部として活動する小野陽洋さんに、当時の様子やまちについて教えてもらいながら、豊間地区を案内してもらいました。
斜面を駆け上がって小学生たちが避難した高台、津波や原発事故の影響で避難してきた方が住む復興公営住宅、嵩上げされてできた新しいまち。小野さんと共に豊間地区のこれまでを振り返りながら、まちをめぐります。
途中でバスを降り、歩いて海岸の方に向かいました。しばらく歩くと小野さんが立ち止まりました。植樹された防災緑地の方を指差して、ここにかつて自分の自宅があったんだと語りはじめました。
震災当時、自宅にいたのは小野さんとおばあさんの2人。津波警報が発表され、一刻も早く避難しなければならないという状況で、腰を悪くしていたおばあさんは「逃げ遅れて死ぬなら、うちで死にたい」と自宅に残っていました。
おばあさんを1人にできないと思った小野さんはそのまま自宅に残ることを決意。その後、大きな津波が小野さんの家を襲います。首まで津波に浸かったが、自宅が流されなかったため、二人とも奇跡的に助かることができたと語る小野さん。
小野さん:ここからいつも眺めていた海が、一瞬にしてたくさんの命を奪い、まちを一変させました。一度は嫌いになりかけたけど、今でもここで海をみている時間が好きですね。
小野さんは、震災後嵩上げされた土地に新しく家を建てて、現在も豊間で暮らしています。小野さんにとって、海はこの地でよりよく暮らしていくために欠かせないものであるのだと、この言葉を受けて強く感じました。
津波がきても逃げなかったおばあさんもまた、いつでも海が見えるこの場所で最期をむかえる決心をしていたのかもしれない。ふと、そんな考えが頭の中によぎりました。
地域医療の現場で捉えたもの
いとちの拠点「かしまホーム」に到着し、お昼ご飯を食べてから、看護学生は入退院支援課に、医学生はいわき市内の訪問診療の現場に同行し、それぞれ地域実習を行いました。
入退院支援課では、入院前から退院後まで安心して療養生活が送れるように、医師・看護師・ソーシャルワーカー、ケアマネージャーなど多職種が連携して、患者のみなさんのサポートを行っています。看護学生たちは入退院支援課に所属している看護師の話を聞き、患者に関する情報をスタッフ同士で共有する話し合いの場「カンファレンス」にも参加しました。
一方、医学生は3軒のお宅に訪問し、診療を見学しました。それぞれの家庭で抱える介護の悩み、医師や看護師がどのような姿勢で患者さんとその家族に関わっているのかを、現場から学びます。それぞれ実習が終わると、学生たちからこんな感想があがっていました。
看護学生も医学生も、かしま病院の医師やスタッフが、本人の暮らしや本人を支える家族にどのようにアプローチしているかという視点で、地域実習の現場をみていたのだと思いました。ぼんやりしていた「地域」や「地域医療」をつかみはじめていたのかもしれません。
自分の言葉にする
2日目。体験を通じて得られた学びは、自分の言葉にすることでさらに深まります。午後からは学生とかしま病院のスタッフ、地域住民らが集まり、「あなたにとって地域医療とは?」をテーマにした「いとちかいぎ」を行いました。
かしま病院の総合診療科の原國悠先生、いとちかいぎプロジェクト代表の江坂さんの2人が、それぞれの立場からみた「地域医療」について話題提供を行いました。その後グループに分かれて今回は以下の4つの問いをみんなで考え、共有し合いました。
あるグループでは、自分の地元を入り口に考えた方が、誰かにとっての「地元」や「地域」を想像しやすいという意見が共有されていました。自分が地元の風景や思い出を大切にしているように、病院に訪れる地域の人にも、同じように大切にしている地域やふるさとがある。地域をめぐり、地域の人の声を聞くという体験をしたからこそ生まれた気づきだったのかもしれません。
理想の地域医療は何かという問いでは、患者に心が配れる医療、いつでも駆け込める駆け込み寺のような医療という声があがり、医療・福祉サービスと患者の暮らしとが結びついているかどうかという視点を持つ人が多い様子でした。
いとちかいぎの最後に、ツアー全体の感想と今後やっていきたいことを学生たちに伺いました。
自分の学びややりたいことが明確になった人もいれば、言語化はできていないけれど、次につながる種らしきものが見つかった人もいる。一人の医学生の「言語化できない」というモヤモヤに対して、それこそが学びなのではないかと感じました。
検索して得られた情報だけで地域を知ることは難しい。だからこそ、実際に足を運び、言葉を交わし、その人の暮らしを自分自身も体感する。体感した学びを言葉にする。これがいとちツアーで学生たちが体験したことでした。
しかし、今回のツアーでめぐった場所は、広いいわきの一部分でしかない。かつ、地域や人が変われば地域医療のあり方は変化する。こう考えると、あの医学生が言っていた「地域医療とは〇〇だと言いきることはできない」という言葉がとてもしっくりきました。
学生たちが継続的に地域に関われる機会、そして「地域医療とは何か」を考え続けられる機会をどうつくっていくか。ツアーを実施して終わりではなく、「医療」と「地域」を行き来しながら「地域医療」を考える環境を、今後もいとちプロジェクトでつくっていきたいと思います。ご参加いただいたみなさん、ありがとうございました!