いとちインタビューvol.1 | 石井敦先生 | 人も地域もまるごと診ていく
みなさんこんにちは。いとちの前野有咲です。
医療と地域、「い」と「ち」の担い手によるコミュニティデザインプロジェクト「いとち」では、いわき市鹿島町にある「かしま病院」のスタッフや医師、地元住民やまちづくりのプレーヤーと一緒に、医療と地域のよりよい関係を目指し、さまざまな取り組みを行っています。
いとちのnoteでは、現場の先生たちへのインタビュー、地域医療・総合診療についてのさまざまな情報、イベントレポートなどを発信していきます。
今回紹介するのは、今年4月にかしま病院の院長に就任した石井敦先生へのインタビュー記事です。普段、私たちはほとんど医師と関わる機会がありませんよね。医師とコミュニケーションできるのは病院に行って診察してもらうときの、ほんのわずかなやりとりだけ。
先生たちがどんなことを考え、どんな思いを持って患者さんと向き合っているのか、もっと伝えていきたい……と考え、まずは院長である敦先生にお話を伺いました。
かしま病院が掲げている「総合診療」ってなんですか? という初歩的なところから、敦先生が医師を目指すことになったきっかけ、どういう想いで日々患者さんに向き合われているのかなど、敦先生の素顔に迫るべくお話を伺ってきました。
地域全体の健康を考える「総合診療専門医」
2002年にかしま病院に赴任された石井敦先生。20年間、総合診療専門医として活動し、2022年より、渡辺修先生の後任としてかしま病院の4代目院長に就任しました。院長といっても一人の医師であることは変わらず、日々の診察も担当しています。
石井:まず最初に簡単に説明しておきますとね、医師は、大きく分けて、従来の「専門医」と「総合診療専門医」(以下、総合診療医)という二つのタイプに分けられるんです。
専門医というのは、整形外科とか眼科とか精神科とか、診察する部位や領域に特化して診察する医師。これに対して総合診療医というのは、地域の住民の健康のために、要するに、まずはなんでも診察して専門医につなげる医師のことを指します。私はこの総合診療医を目指して25年、かしま病院で20年やってきました。
今年の4月から院長になったわけですが、院長になっても業務上特に変わったことはありません。これまで通り診察も行っておりますしね。ただ、少しずつではありますが、職員全員が自分の部下であるという意識が芽生えてきているように感じます。かしま病院で働く一人ひとりに対して、今どうしているかなと気に掛けるようになりました。
総合診療専門医とは「地域住民全体の健康のために働く医師」のこと。そこに暮らす人たちの、お腹が痛いとか、足をケガしたとか、ちょっと気分が落ち込むとか、健康診断をしたいとか、さまざまな声を受け止めながら診察をしていきます。敦先生は、「特定の年齢、臓器、疾患などを守備範囲とする専門医とは異なり、特別なアプローチが必要だ」と語ります。
石井:ほとんどの諸外国では、総合診療医が提供する医療を「プライマリ・ケア」と呼んでいます。プライマリとは「第一の/主要な/最初の」という意味の言葉で、実際、多くの諸外国の医療制度では、ほとんどのケースで総合診療医が最初の診察を行うだけでなく、患者に生じた健康問題のほとんどを自身で解決する能力を有しています。
日本だと、患者さんが「これは眼科だな」「この痛みは整形外科かな」と判断して病院に行きますよね? 総合診療医は順番が逆。最初に私たちが診て、必要とあらば専門医につなぐというスタイルです。
総合診療医のアプローチを、腹痛の方が診察に来た時を例に説明しますとね、一般的な診察では、前日に食べたものなど腹痛を引き起こした原因、身体に起きている状況を医師が患者に質問し、その後痛みを緩和させる治療薬を処方します。
これに対して総合診療医は、腹痛の原因や症状だけでなく、患者が抱えている不安やストレス、普段置かれている環境、家や住んでいる地域にも目を向けて、個人が持つ特性やコミュニティが疾患にどのように影響しているかまで含めて理解しようとします。地域ならでは、ご家庭ならではの環境が症状に影響していることも少なくないからです。
敦先生が教えてくれた「プライマリ・ケア」という言葉を調べてみると「患者の抱える問題の大部分に対処でき、かつ持続的なパートナーシップを築き、家庭及び地域という枠組みの中で責任を持って診療する臨床医によって提供される、総合性と受診のしやすさを特徴とするヘルスケアサービスである」と定義づけられています。
たしかに、同じ「腹痛」でも、「一人暮らしの高齢者」と「多世代で同居する子ども」とでは、気にすべきポイントは異なるかもしれません。また「魚をよく食べる地域」の住民なのか、「農家の多い地域」の住民かでも、腹痛の要因は変わってくるかもしれません。家庭医はそうした背景まで考慮したうえで診察し、しかるべき専門医につなげてくれる。私たちが素人感覚で病院を選ぶより、専門的な治療につながるはずです。
それに、私の暮らすいわき市中之作を例にすると、中之作に住む総合診療医が中之作の住民全体を診察するほうがたしかにいい。同じ地区に住んでいるからこそ、患者さんの家庭状況も把握しやすいし、子どもたちの成長の度合いなども見えてきます。なにより地域の特性もよくわかる。同じ地域に住んでいれば顔が見える信頼関係も作りやすいですよね。
こうして考えてみると、総合診療医というのは、病気だけでなく、病気の背景を理解し、地域の住民全体を診察対象とするような医師なんだということが理解できます。病院へ訪れる患者の健康はもちろん、地域全体の健康を考えてくれる医師が自分の住んでいる地域にいるのはとても心強いですし、そういった病院があると知っていることで、いざという時の落ち着いた行動にもつながっていきます。
ロールモデルは、面倒見のいいガス屋のお兄さん
敦先生はいま、日々の診察だけでなく、総合診療医を目指す医学生や研修医への指導を行うなど、次世代に総合診療を伝える役目も担っています。総合診療医を目指す学生はじわじわと増えているそうですが、敦先生が研修医だった頃は、総合診療を学ぶ正式な研修プログラムはほとんどなかったといいます。
石井:私が大学で勉強してたころって、ほとんどの医師が何らかの専門医を選ぶ時代でした。当然、私もどの科にしようと悩んでいました。でも、結局はどの科も選べませんでした。もともと、ちょっとしたお困り事を解決する医師になりたいと思っていたんです。そんな自分が、ひとつの部位や疾患に詳しい専門医を目指すのは、やっぱり違うなって。
ちょっとしたお困りごとを解決する医師。敦先生が、そんな医師を目指すようになったのは、幼少期に遡ります。なんと、ガス屋のお兄さんとの出会いがきっかけだったそうです。
石井:家によく来ていた、プロパンガスを届けに来るガス屋のお兄さんがとにかくかっこよかったんですよね。私が壊してしまった傘をすぐに修理してくれたり、本当に面倒見のいい方で。どんな仕事に就いたとしても、こういう大人になりたいなと思いました。
医師の道に進むことに決めてからも、目指す姿は「ガス屋のお兄さん」のような面倒見のいい医師。そんな敦先生の選択を後押しするかのように、母校である聖マリアンナ医科大学で総合診療について学ぶ科目が新設されたり、新たな勤務先が総合診療科に理解のある「かしま病院」になったり、総合診療科科の創設をサポートしてもらったりと環境も変化。徐々に、医師としてのありたい姿を形にしていったそうです。
石井:当時は、自分の学びたい専門のコースがなくて、その意味では不幸だったかもしれませんが、結果としてみれば、今それが社会から求められる領域になり、若手がかしま病院で総合診療を学びに研修に来てくれている。自分が思い描く医師になるために行動し続けてよかったなと感じています。
腹を割って話していく
総合診療医は、患者さんの体の不調だけでなく悩みごとにもアプローチしていきます。課題の多い現代。だれかに悩みごとを打ち明けられずに、ひとりで抱え込んでしまっている方も多い時代ですが、一見タフに思えるアプローチを、敦先生はどのように実践しているのでしょう。重要視するのは「腹を割って話すこと」だといいます。
石井:大事なことは、私たちには何を話してもいいよ、という姿勢を示すことです。だからこれまでも、患者さんが悩みを打ち明けやすい環境、腹をわって話せる環境づくりに努めてきました。そうして患者さんに話を聞いてきたことで、例えば同じ「胃がん」という病気にかかっていたとしても、抱えている悩みごとや価値観が同じ人って誰一人としていないんだなと気付かされました。
だから、患者さんの違いを大変だと感じることはありません。むしろ、今日は何が起きるだろうと、日々新たな気持ちで一人ひとりの患者さんに向き合えるようになりました。そしてそれが、自分のやりがいや仕事への責任感にもつながっているように感じます。今日もきっと何かが起きるぞって、そういうワクワクしかない状況で仕事をさせてもらえてありがたいですね。
腹を割って話す。だからこそ、病気だけでなく「その人の本来の姿」が見えてくる。そして、その人の本来の姿を通じて、地域も見えてくる。総合診療医というのは、人も地域もまるっと診る医師なんだということが、敦先生の言葉のおかげで、よりはっきりと感じられるようになりました。取材の最後に、今後のビジョンについても伺いました。
石井:これからは、さらに地域に目を向けていきます。病院を受診してもらわなくても、アドバイスだけでもいいんです。地域に関わるひとりの人間として、職員がどんどん地域に入って動く病院にしたいですね。それを続けることで、医療というものが買い物とか食事と同じレベルでつながるような、当たり前のライフラインになっていくと思うんです。具体的にどうやっていくかは、これからいとちプロジェクトで一緒に考えていきましょう!
病院や診察室を飛び超えて、みんなで、自分たちの健康を支えていきたいという敦先生の地域に対する強い想いを受け取りました。「よりよく生きる」という誰にも共通するテーマは、立場や肩書きを超えて地域が連携するきっかけをつくります。医療と地域が重なり合う共通のテーマを探していくことが、医療と地域をつなぐ最初の一歩になるのかもしれませんね。
敦先生、ありがとうございました!!
文章/いとちプロジェクト・前野
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