いとちインタビューvol.4 | 吉田温子さん | 「人」としてできることを
みなさんこんにちは! いとちの前野有咲です。
医療と地域、「い」と「ち」の担い手によるコミュニティデザインプロジェクト「いとち」では、いわき市鹿島町にある「かしま病院」のスタッフや医師、地元住民やまちづくりのプレーヤーと一緒に、医療と地域のよりよい関係を目指し、さまざまな取り組みを行なっています。
いとちのnoteでは、現場の先生たちへのインタビュー、地域医療・総合診療についてのさまざまな情報、イベントレポートなどを発信していきます。
今回紹介するのは、かしま病院で薬剤師として働く吉田温子さんです。吉田さんのように病院で働く薬剤師は「病院薬剤師」と呼ばれています。病院薬剤師は、入院している患者さんに対して服薬指導を行ったり、院内で働く医師や看護師と連携しながら「チーム医療」で治療を進めるなど、現場で多くの方と密に関わりながら業務に取り組んでいます。
薬剤師の立場で患者さんと接する中で、どのようなことを意識されているのか、どんな薬剤師を目指しているのかといった仕事に対する想いを伺いました。よりよい医療・暮らしのために、既存の枠に囚われず挑戦し続ける吉田さんの姿が浮かび上がってくるインタビューとなりました。
患者に寄り添う薬剤師のあり方
前野:インタビューを引き受けていただきありがとうございます。本日はどうぞよろしくお願い致します。薬剤師ときくと、なんとなく薬局で働いている薬剤師の姿をイメージするのですが、吉田さんのように病院で働く薬剤師の方々は、院内でどのような役割を担っているのでしょうか?
吉田:おっしゃる通り、一般的に知られているのは薬局薬剤師ですよね。入院しない限り病院薬剤師に出会う機会はそうないと思うので、ベールに包まれている仕事だねなんて言われたりもします(笑) もっとアピールしていかないとですね!
病院薬剤師の基本的な業務は、先生が出した処方をもとに薬を作る「調剤」、入院している患者さんのもとへ行き、薬の効果や副作用について説明する「服薬指導」がメインになります。かしま病院の薬剤部では、薬の味見をすることもありますよ。以前は、研修できていた医学部の学生たちにも味見を体験してもらいました。
前野:薬をつくるだけでなく、味見も仕事のひとつなんですか!?
吉田:新卒で入ったころ薬剤部にいた上司に、「味見してみな」とはじめて言われたときは私もびっくりしましたけど、言葉の真意がわかった今では、進んで味見をするようにしています。上司が伝えたかったのは、体感したからこそ伝えられることがあるということだったんですね。
病院には、薬を飲むこと自体に不安を抱えている方や、何十数種類もの薬を併用して飲まれている方など、いろんな方が入院されています。そういった方達の負担を少しでも減らそうと思った時に、味見をしていると説得力が増すんです。薬の安全性だけでなく、自分が実際に飲んだ感想も伝えられるので、患者さんの飲みやすい薬を探るきっかけにもなります。
前野:なるほど。味見をすることが、薬を飲む患者さんの立場になってみるということにつながっているんですね。自分のことを理解しようとしてくれているんだなという誠意が、患者さんにも伝わると思いました。
吉田:そうですね。ホットレモンに溶かして飲むと美味しいよとか、飲み方の提案もしています。研修で来ていた医学生も、「なんで患者さんが飲みたくないと言っているのかがわかりました。俺もこれずっと飲みたくないですもん」と味見をした感想を伝えてくれました。
将来医師になった時に、診察して終わりではなく、患者さんのそのあとの暮らしにも目を向けられる医師になってほしいと思っています。些細な体験かもしれませんが、こういうことをちょっと知っているのといないのとでは、患者さんへの言葉かけも変わってきますしね。
前野:お話を聞いていて、吉田さんは薬剤師としてというよりも、人としてできることをやっていくというあり方を大切にされているのだと思いました。かしま病院で働くみなさんは、病気ではなく「人」をみる意識をもっていると感じるのですが、その根底にあるのは、人、つまり相手の立場にたつことなのかもしれませんね。
吉田:調剤のスピードや正確性など、機械が人を上回る時代が、もうそこまできていると思っています。ふと気づいたんです。今まで私がやっていたことが、システムに代替されているなと。ただ言われたことをやっているだけでは、薬剤師の仕事がなくなってしまう。だから、今の私のライバルはペッパーくんです(笑) 日々業務に取り組む中で得られた気づきも、自分にできることをやっていきたいと考えるようになった、理由のひとつだと思います。
やらないよりもやった後悔を選ぶ
前野:自分の気づきや疑問を、行動に移されているんですね。さきほど新卒の時からかしま病院で働いているとおっしゃっていましたが、ここで働いてからはどれくらいになるんですか?
吉田:12年ほどになります。実は一度かしま病院を離れて、別の薬局で働いていた時期もありました。かしま病院に入院している患者さんはご高齢の方が多かったので、子どもたちと接する機会をもちたいなと思っていました。
あと、外から客観的にかしま病院を見つめたいという気持ちもあったと思います。かしま病院は本当にあたたかい職場で居心地がよかったのですが、働き始めて数年経った頃から、ここは守られた環境なのかもしれないと感じていたので。新しい挑戦をして失敗しても、自分が責任をとるからといってくれる上司が多かったんです。
それがありがたい反面、自分の実力は伴っているんだろうか、成長できているんだろうかというモヤモヤが自分の中で大きくなっていきました。いったん武者修行に出れば、そのモヤモヤもスッキリするだろうと、思い切って離れるという決断をしました。
前野:ここに戻ってきてからは、どんなモチベーションで働いているのですか?
吉田:改めて自分は、現場で人と関わるのが好きだと気づきました。ルーティーンワークはあまり向いてなかったですね。でもその経験も決して無駄ではなくて、薬局で働いた経験があったからこそ、自分の向き不向きをより深く理解できたし、かしま病院の長所を改めて知る機会にもなったと思います。
今は自分のやりたいこともだいぶ定まってきているので、挑戦しやすいかしま病院でのびのびと働かせてもらっています。これまでの経験で培った多様な見方を、現場での治療や患者さんとのやりとりにいかしていきたいです。こうして自分をまた迎え入れてくれた職場に本当に感謝していますし、ここに骨を埋める予定です!
全体に波及するシステムをつくる
前野:さまざまな経験を重ねてきた吉田さんは、薬剤部で先輩・リーダーとして担われている役割もあると思います。立場が変わっていく中で、これからやっていきたいことについて、最後にお聞かせください。
吉田:現状に甘んじることなく、挑戦を続けていきたいですね。最近は、大学の授業の講師をしたり、地域の座談会にお呼びいただいたりと、院外での活動も増えてきました。こうしてどんどん外に出ていくことは、自分の成長はもちろん、薬剤部に所属するメンバーに多様な挑戦の機会を届けることにもつながっていると思います。
教える立場になってみて、どんな機会が、どんな言葉かけが成長につながるかは人によって異なることに改めて気付かされました。仲間の特徴を理解しながら、その人にあったバトンを渡していきたいです。それが、結果的に薬剤部全体の士気向上にもつながったらいいなと思います。
そして、個人的にやっていきたいことは、患者・家族両方へのアプローチです。入院中は薬を飲んでいるけれど、退院してからはほとんど飲まなくなった方や、必要性は高くないのに心配だからと薬を飲んでいる方を、これまでよくみてきました。
薬も自分のお金で買うものですので、自分の身体にもお財布にも優しい付き合い方をしていくのが大切だと思っています。本人に任せきりにするのではなく、家族にも薬について知ってもらう機会をつくり、みんなで健康を支える仕組みをづくりを、薬剤師としても考えていきたいです。そういった際に、かしまホームを活用していけたらと思います。
吉田さんのこれまでの経験や大事にしている思いを伺い、挑戦や失敗を受け入れてくれる土壌を育むことが、誰かの挑戦を後押しにするきっかけにつながっているのではないかと感じました。「い」と「ち」のよりよい関係づくりも、まずは土壌づくりから。いい土壌を育むためにも、自分を、相手を、そして地域を知るという姿勢を大切にしていきたいと思います。
吉田さん、ありがとうございました!
文章/いとちプロジェクト・前野