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いとちインタビューvol.10 | 江坂亮さん | 医療事務職の私が地域に出る理由

みなさんは病院事務と聞いて、どんな仕事をしている人だとイメージしますか?診察券の発行や保険証の確認、会計、電話対応など、病院内部の細やかな仕事を行う姿をイメージする人が多いのではないでしょうか。

しかし、かしま病院の事務職はひと味違います。院内にとどまらず、事務職が自ら地域に出ていき、プレーヤーとして活動しているのです。今回は、事務職である江坂亮さんになぜ地域に出て活動しているのか伺ってきました。

江坂亮さん

【プロフィール】江坂 亮(えさか・りょう)
1981年生まれ、福島県いわき市出身。秋田大学工学資源学部を卒業。2005年より塾講師として働く。2011年よりかしま病院に従事。2022年から、医療と地域のコミュニティデザインプロジェクト「いとちプロジェクト」を始動させ、代表を務める。



小林:本日はお忙しいところ、貴重なお時間をいただきありがとうございます。まずはじめに、江坂さんの普段の業務について教えてください。

江坂:現在、事務部課長と広報企画室長として働いています。事務の仕事は、ルーティーン業務だけではありません。患者さんの電話対応から、病院で行われるイベントの企画・準備など、実に幅広い業務を行なっています。かしま病院は毎年さまざまなイベントを開催していて、恒例行事だけでなく、新たなイベントも開催しています。課長として、こうした新しい動きに柔軟に対応できるよう、日々奮闘しています

事務室でも、幅広い業務に取り組んでいらっしゃいます

小林:イベント準備も事務のお仕事なんですね! 広報ではどういうことをされているんですか?

江坂:院内広報誌の「HOT hot通信」の発行、Facebookを活用してイベントレポートや職員の情報などを発信しています。

また、当院は鹿島地区振興協議会(以後、地区振)やネーブルシティかしま(いわき鹿島商店事業所会)に所属していることもあって、病院の代表として地域の集まりに参加し、鹿島町の今後について地域のみなさんと話し合いを行なっています。

実は、私も数年前に鹿島町に引っ越してきました。今は病院職員と地元の住民、両方の立場で会議に参加しています。自分の住む町となったことで、より積極的に鹿島町に関わるようになりました。

地区振興協議会の一員として、地域を盛り上げています

小林:ここまで幅広い業務に取り組まれていると、大変なこともあるのではないでしょうか?

江坂:そうですね、ジャンルの異なる仕事が同時に入ってくると、気持ちの切り替えが難しいことがあります。たとえば、患者さんからのお問い合わせに対応した後、すぐイベントの会議に参加するとか……。業務が変わったことを頭では理解していても、気持ちが追いつかないこともあるんです。

辛い過去の経験が原点に

小林:そもそも江坂さんは、どうして事務職に就こうと思ったのですか?

江坂:事務作業が昔から嫌いではなく、むしろ性に合っていたので、将来は事務職に就きたいなと思っていました。それに、自分は人と関わる仕事をしたいと思っていて、病院なら誰かの力になれるのではないかと感じました。それで「この仕事、ぴったりかも」って。

前職では塾の先生をしていて、生徒たちと深い関わりを持つことができました。でも、転勤が続く生活だったので、いずれは地元で働きたいという思いがずっとありました。30歳の節目に地元に戻ろうと思い、かしま病院に就職しました。

小林:人と関わる仕事がしたいという強い思いがあったんですね。なにかきっかけがあったんですか?

江坂:実は小学生の頃、いじめられていたんです。当時は太っていたので、「饅頭」などとからかわれていました。特に3年生の頃が1番ひどかったですね。でも、4年生の頃の担任の先生が「江坂のあだ名をみんなで考えよう」という時間を作ってくれて。

ちょうどその時、たんこぶができていたから「デコ」ってあだ名をつけられたんです(笑)。それからクラスメイトが声をかけてくれるようになり、やっとクラスに溶け込めました。体も自然と痩せてきて、それ以来いじめられることはなくなりました。そこから少しずつ自信もついてきたんです。

小林:そんな辛い過去があったんですね。いじめられた経験が、人と関わりたいと思うようになった原点なのですか?

江坂:そうなんです。いじめられていた頃は、自分はだれからも必要とされていないと感じていました。でも、クラスに溶け込めてからは、友達の頼みごとを手伝うとすごく喜んでもらえて、自分の存在が認められているんだと感じることができたんです!

人に感謝されたり、必要とされたりすることが、私にとっての存在意義になっています。自分は尽くされるよりは、誰かに尽くす方が合っていると感じますし、「誰かを支えたい」という気持ちは今でも変わりません。

江坂さんの語りにも熱が入ります

小林:たしかに、江坂さんが今されている事務の仕事も、病院に関わる誰かを支えていますもんね。

江坂:そうですね。そう考えると、地区振に主体的に関わっているのも、「人を支えたい」という思いからきているのかもしれません。鹿島に住むようになってから、地域の人との交流が増えました。子どもと散歩をしていると、地元がかしまだという方が声をかけてくれるんです。そういう時に「自分を見てくれている人がいるんだ」と感じますね。

自分を受け入れてくれる人たちのためにも頑張りたいと思うようになってから、より地区振にも積極的に参加するようになりました。活動を続けていくと、鹿島の人たちとの信頼関係も深まっていって、それがとても楽しいです。

同じ町に暮らす住民の方と屋台を盛り上げる江坂さん。すっかり地域の一員です

地区振のメンバーは高齢化が進んでいて、若い世代が私しかいないこともあり、必要とされているという実感が得やすいことも活動の原動力になっています。

病院と地域の距離を縮めたい

小林:江坂さんが病院と地域の橋渡し役を担っているんですね! かしま病院では、医療と地域のより良い関係を模索する「いとちプロジェクト」というコミュニティデザインプロジェクトを行なっていますが、具体的にどのような取り組みを行っているのですか?

江坂:これまで、医学生が病院を出て地域を学ぶ「いとちワーク」、院内の空きスペースを使って患者さんや職員が一息つける場を提供する「喫茶いとち」などの取り組みを行ってきました。

患者さんの面会にきたご家族にもリラックスできる時間を提供しています

小林:なぜ、病院が医療と地域の距離を縮める活動を始めたのでしょうか?

江坂:きっかけは、地域住民の方に悪い印象を抱かれていることに危機感を感じたことでした。いとちプロジェクトが立ち上がる1、2年前は、病院に多くの苦情が届いていたんです。病院職員は「地域医療と全人的医療の実践」という理念を掲げて、患者さんのために試行錯誤していましたが、その努力はあまり伝わっていませんでした。

小林:そんな時期があったんですね。具体的にどんな努力をされていたのか気になるのですが、かしま病院が掲げている理念とあわせて教えてください。

江坂:私たちが掲げている理念の一つである「地域医療」というのは、病気や怪我の治療だけでなく、そこに暮らす人たちの健康的な暮らしのために提供される医療・福祉・支援などの総体を指します。介護やケアなどの領域を広く包摂しながら、地域全体の健康的な暮らしを支えようという考え方です。

そして、「全人的医療」とは、特定の部位や疾患に限定することなく、患者本人の心理、社会的側面、人間関係、これまでの人生の歩みなども含めて幅広く考慮しながら、総合的な診断・治療を行う医療のこと。

たとえば、ストレスが原因で体調を崩す患者さんがいるとします。全人的医療の実践現場では、症状に対する治療を行うだけでなく、ストレスが引き起こされる根本の原因まで注目します。病気の背景を丁寧に診ているため、診察が長くなり、それに合わせて待ち時間も長くなってしまうんです。

小林:全人的医療の診察をしているから、待ち時間が長いんですね。

江坂:そうなんです。でも、それを知らないと、「なんでこんなに待ち時間が長いんだ!」というクレームが出てしまいます。なぜ診察時間が長いのかを知ってもらう必要があると思います。

さらに、ネット上の病院のレビューだけを見て、当院に悪印象を抱く人も出てきました。若い世代からお年寄りまで、さまざまな声が上がっていて、このままではまずいなと感じたんです。

小林:たしかに、最近はインターネットの口コミで病院を選ぶ人が増えましたよね。

江坂:そうなんです。さらに、設立当初から働いていた職員が定年退職を迎える時期に差し掛かっていたので、当院の昔を知る職員がいなくなることにも不安がありました。

というのも、設立当初は、病院が地域のみなさんとお祭りを開催したり、病院と地域の距離が近かったんです。その頃から病院のファンでいてくれる人は、今でも病院のことを悪く言う人は許せないとおっしゃってくれます。顔の見える関係性があったからこそ、そういう風に言ってくれる人がいるのではないかなと思っています。

小林:かつては地域の方々と積極的に交流されていたんですね!

江坂:昔のように地域の方々と直接関わりながら信頼関係を築いていくために、いとちプロジェクトを立ち上げました。私たちが積極的に地域に出向いて交流することで、病院に行くハードルが下がる人もいるはずです。いざという状況になっても、かしま病院でこの人に相談できるという安心感をもてるのではないかと思います。

活動への強い思いを語ってくれました

小林:病気になる前から交流を深めておくことが大切なんですね。

江坂:そうなんです。医療が必要な状況にならないと情報をとりにいかない方が大半だと思うので、地域で喫茶いとちを行うときは、病院が取り組んでいる医療や福祉の情報をお伝えしています。健康なときから情報を知っていれば、病気になったときに役立ちます。たとえば、自宅で余生を過ごしたいと思っていても、かしま病院が訪問診療をしていることを知らなければ、それが実現できないかもしれない。

小林:喫茶いとちは、憩いの場だけではなく、情報伝達の場でもあるんですね。他には、どのような方法で地域と関わっているのですか?

江坂:11月にはかしま病院敷地内で朝市を行いました。何かあったときに病院に頼ってみようと思うきっかけをつくれたのではないかと思っています。医療現場で働いている人と実際に触れ合えるとその気持ちも増してくるはずなので、次回は看護師やリハビリ職員にも参加してもらいたいですね。

朝市では、看護師による血圧測定ブースも設けました

あとは、これから「よろず相談所」をやりたいなと思っています。誰でも来れる相談拠点を作って、地域の人がふらっと来てくれる場所にしたいですね。いとちプロジェクトメンバーや病院職員を頼って、医療や福祉の相談を気軽にしてくれるようになればいいなと思っています。

長所も短所も伝えてくれる同僚の存在

小林:取り組みがさらに広がっていきそうですね。いろんな業務を担われている中で、気分が落ち込んだ時はどのように自分を鼓舞されているのですか?

江坂:チームメンバーに話を聞いてもらっています。アドバイスをもらうことで、突破口が見え、前を向けることもあるんです。あとは、おいしいものを食べることで、心のストレスを発散しています。食べることが大好きなので(笑)。鹿島のローカルな店でラーメンとご飯を食べます。疲れた時には、ご褒美で半チャーハンを追加しちゃいます。

小林:チームメンバーにアドバイスをもらうこともあるとおっしゃっていましたが、影響を受けた人はいますか?

江坂:事務部部長の中村知史さんと事務部課長代理の大平佳央さん、間違いなく2人の影響を受けています。中村さんは、どんな仕事でも自分から進んで取り組まれています。部下の私に任せてくれてもよいのに、と思うような面倒くさい仕事にも精を出しているんです。立場に関係なく、損な役回りでも責任を持ってやり遂げる中村さんを尊敬しています。

その姿を見てから、私も部下にお願いする時には、自分ができるところまでやってから協力を求めようと思うようになりました。その時には「ありがとう」という言葉を忘れないようにしています。これも中村さんから学んだことです。

和やかな雰囲気で、部下とコミュニケーションを取る江坂さん

小林:理想の先輩が身近にいらっしゃるんですね。大平さんはどんな方なんですか?

江坂:私と同い年なのですが、全然タイプが違うんですよ。大平さんはリーダータイプで、私はどちらかというと分析タイプ。私は物事を決断するときに、たくさんの情報を集めて熟考するので、行動が遅いと言われることもあります。対して大平さんは、行動力があり、みんなを引っ張っていってくれるんです。

自分とは違うタイプの考え方だから色々な気づきを与えてくれます。自分が迷ったり立ち止まったりしたときに、一つの答えをくれるっていうのかな。相談にのってくれるすごく大きい存在です。

それと、私のいいところも悪いところも正直に伝えてくれます。言いづらいことを言葉にして言ってくれるので、大平さんのおかげで、自分の長所も変えていくべき点も認識することができています。

信頼して仕事の相談ができるパートナー(写真左が大平さん)

鹿島地区の住民であり、病院職員だからこそできること

小林:最後に、江坂さんの今後の意気込みを聞かせてください。

江坂:地域住民の方や患者さん、そして病院職員にもかしま病院が掲げている「地域医療と全人的医療の実践」をより深く知ってもらいたいです。

職員にも理念を深く理解してもらうことで、患者さんへの関わり方が変わっていくはずです。それと、一緒に働く職員のことも知ってもらいたいですね。コロナの流行してから、職員が集まる機会が減り、横の繋がりがなくなってしまったんです。自分が働く病院のことを知って、愛着をもってもらいたいです。

私は、鹿島の住民でもあるので、病院と地域の橋渡しができる立場だと思っています。そのために、これからはより病院のことを知っていき、両者の関わりしろを増やしていきたいです。

小林:病院の思いを患者さんや地域に伝えるために奮闘する江坂さんの姿勢に感銘を受けました。本日はお話を聞かせていただき、ありがとうございました!

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