いとちインタビューvol.3 | 板東竜矢さん | 退院したあとも元気で暮らせるまち
みなさんこんにちは!いとちの前野有咲です。
医療と地域、「い」と「ち」の担い手によるコミュニティデザインプロジェクト「いとち」では、いわき市鹿島町にある「かしま病院」のスタッフや医師、地元住民やまちづくりのプレーヤーと一緒に、医療と地域のよりよい関係を目指し、さまざまな取り組みを行なっています。
いとちのnoteでは、現場の先生たちへのインタビュー、地域医療・総合診療についてのさまざまな情報、イベントレポートなどを発信していきます。
今回紹介するのは、かしま病院で言語聴覚士として働く板東竜矢さんです。言語聴覚士とは「食べる・聞く・話す」のスペシャリスト。失語症や発音の障害などコミュニケーションに困難のある方、摂食嚥下障害など食べることに困難のある方に対してリハビリを行う専門職です。
言語聴覚士とはどのような仕事なのか。地域の中でどのような思いで、どんな活動をされているのかなどを伺いました。いわきに対する思い、リハビリに関わる専門職としての使命感。板東さんの思いが伝わってくるインタビューとなりました。
言語聴覚士って?
前野:今日はよろしくお願いします。板東さんは「言語聴覚士」でいらっしゃるので、今日はそのお仕事ぶりや、これまでの活動について伺いたいのですが、言語聴覚士という言葉を初めて知る方も多いと思います。まずは、言語聴覚士ってなんなのかについて教えていただけますか?
板東: 言語聴覚士は、3つあるリハビリ専門職の1つです。3つというのは、具体的にいいますと、PT:理学療法士、OT:作業療法士、そしてST:言語聴覚士です。その中でも言語聴覚士は、「食べる・聞く・話す」に関するリハビリを行う専門職だといっていいかもしれません。病院で働いてると、結構ニーズがある分野なんです。
たとえば、摂食嚥下障害といって、口から食べることが難しくなった方のサポートがあります。脳卒中などになると、舌やのどの筋肉が麻痺したり、感覚が鈍くなったりして、食べたり、飲んだりすることが難しくなることがあります。
そこで、私たちが介入し、安全に口から食べられる方法を検討するんです。訓練では、柔らかいものから食べていただいたり、姿勢を整えたり、一口の量を調整したり、食べ方を工夫したり、いろんな訓練を行います。そのリハビリを通じて、口から食べることを取り戻してもらうわけです。
前野:なるほど。その人が「食べられる状態」になるように、さまざまなサポートを行うわけですね。
坂東:サポートするのは嚥下だけではありません。脳卒中後に出る症状として失語症というものがあります。失語症になると、言葉の意味が理解できなかったり、言いたい言葉が出てこなかったりして、コミュニケーションが難しくなってしまう場合があるんです。
イメージ的には、たとえば、海外旅行に行ってコミュニケーションが取れない感じがありますよね。現地の方がなんとなく質問してきてるのはわかるので、「yes」と言ったら、向こう側は「え?」って感じで、うまく通じてないぞ、みたいな感覚。それが近いかもしれません。そういったコミュニケーションが難しくなってしまった方が、日常生活でなるべくスムーズに意思疎通が図れるようにリハビリをしていきます。
前野:初めて聞く単語ばかりでちょっと難しいですが、板東さんが先ほどおっしゃっていた、「食べる・話す」のサポートをするのが言語聴覚士の仕事だというイメージは湧いてきました。では、「聞く」に対するリハビリというのは、どのようなものなんですか?
板東:はい。言語「聴覚士」ですから、たとえば、難聴の評価や、難聴の方への対応もできる仕事なんです。生まれつき難聴を持つお子さんや、高齢者の加齢性難聴に対して、聴覚検査や補聴器調整などをする言語聴覚士もいます。全国的には、聴覚に関与する言語聴覚士は少ないんですが、とても大切な領域だと思います。
言語聴覚士の多くは、私のように医療機関で働いていますが、介護老人保健施設で働く方もいますし、福祉施設や教育機関で働く方もいます。特に少しずつ増えているのは、やはり介護保険分野に関わる言語聴覚士でしょうか。なんらかの病気になり、医療機関での治療やリハビリなどを経て、退院したあとも、在宅生活の復帰に向けてリハビリを継続したいというニーズが多いんです。また、在宅での生活をしながらリハビリが継続できるように、通所や訪問リハビリなどの分野で働く言語聴覚士も増えてきています。
前野:子どもからお年寄りまでサポートしてらっしゃるんですね。特にご高齢の方ですと、たしかに坂東さんがいうように、退院後、自宅で過ごす方も多いと思います。自宅で過ごす方たちに対しては、どのようにサポートしてるんですか?
板東:たとえば、介護保険を利用している方ですと、先ほどお話しした訪問リハビリの言語聴覚士につないだりしますし、若年の方だと、当院での外来リハビリにつなぐ場合もあります。長期的に言語聴覚士が関われないような場合だとしても、ご家族の不安が減るように、食べることやコミュニケーションの状態についてしっかり説明をしていきます。
在宅生活に戻られてからの食事にも、当然いろいろな段階があり、家族とのコミュニケーションも必要です。ですから退院して終わりではない。コミュニケーションや食事って生活の基本ですし。支援することでQOL(生活の質)が上がっていくといいなと思いながら支援に入ります。
また、さまざまな依頼に対応して、地域に出ていくことを積極的にやっています。たとえば、いわき市の場合は、各地の集会所が「つどいの場」となって、地域の高齢者が集まれる場づくりを進めていますが、そこで、嚥下や聞こえに関するレクチャーをさせてもらうことも多いです。
あとは、高齢者の自立支援について、個別の事例を多職種で話し合う「介護予防ケアマネジメント支援会議」というものにも参加しています。
前野:どのような会議なんですか?
理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、薬剤師、歯科衛生士、栄養士などの専門職が一堂に介し、支援について、助言者の立場からさまざまにアドバイスしていくものです。このような会議を通じて、よりよい介護予防に取り組んでもらい、目標を持った自分らしい生活を獲得してもらうというのが主たる目的です。
多くの視点でひとりの人の支援について考えると、さまざまなアイデアが出てきますし、たとえば、移動手段がなく外出の機会もない高齢者が多い地域の買い物支援サービスなど、地域の課題解決につながる具体策が出る場合もあります。個人的にも、さまざまな職種の方と関わりができました。
板東さんのこれまで
前野:さまざまなステージで言語聴覚士が必要とされているということがよくわかりました。ここからはちょっと質問を変えますが、板東さんは、どんな経緯で言語聴覚士を目指すようになったんですか?
板東:親に勧められたのが大きいですね。元々バスケットボールを10年間ぐらい続けていて、地元の大学から声をかけてもらっていたんですが、バスケを続けるために大学に進学しても先が見えていると思い、何らかの国家資格を取れる道を選ぶ方がいいんじゃないかと考えたんです。
当時は言語聴覚士を目指す人は多くありませんでしたが、「言語聴覚士はこれから必要とされる仕事だ」みたいに言われてましたね。それで言語聴覚士ってどんな仕事なんだろうと調べてみたんです。そのときは「まあ、リハビリの仕事なんだな」ってくらいにしか考えてませんでしたけど。
前野:板東さんの話を聞いていると、もともとだれかの役に立ちたい、地域に貢献したいという思いが強い人だったのかなと思います。そういう坂東さんの性格を、きっとご両親も実感されていたんじゃないでしょうか。
板東:いや、逆ですね。昔はそんなに人と関わらないタイプでした。父はバスケの監督もしていたので、バスケやスポーツの道に進んでほしいと思ってたと思います。一方、母は堅実な道を目指してほしいと思っていたと思います。それでリハビリというのが出てきたのかもしれません。
うちの兄貴も柔道整復師なんです。プレイヤーとは違う形でスポーツに関わることができ、なおかつ堅実な道っていうところで、わたしも柔道整復師になる道はあったんですが、なんか一緒はイヤやだなと(笑)。
でも、言語聴覚士を選んでよかったなと思います。「これを選んでよかった」と思える仕事って、なかなかないし、働いてみて思いますが、責任感を持って取り組める仕事だと思います。
こうして地域での活動を続けることができるのも、それを後押ししてくれる環境がある、ということなんです。かしま病院は、地域にどんどん出ていけといってくれるし、地域の中で求められる役割をしっかり果たしていこうっていう病院なので、もともと地域に関心のあった自分には、とても働きやすい環境だと感じています。
退院したあとも、慣れ親しんだまちで元気で暮らせるように
前野:まちづくりというものに関わっていると、思わず地域を「面」で捉えがちになってしまうものですが、板東さんの話を聞いていると、言語聴覚士の皆さんは「人」を見ているんだなと感じました。なんらかの困りごとをかかえている人が、その地域に住んでいる。だからその地域に出ていくんだと。まず人がいて、その人を診ることで地域が見えてくるという流れが、とても自然だと思います。
板東:そうですね。まさにそのためにこそリハビリしてるのかなって思うんです。退院した後の生活が大事だと思いますし、その人が元気でいられるまちがあった方がいい。ですから、人を診ることがまず大事で、そのうえで地域にも目配せしていくことも仕事のひとつなんだと思っています。
地域には、いろいろなことで困っている人がいらっしゃいますが、直接地域と関わりあいができると、その当事者だけじゃなく、当事者を支える人たち、支援者の人たちにも関わることができます。専門職でありながら、地域の皆さんや支援者の皆さんと一緒に仕事ができるっていうのは、やりがいを感じるところですよね。
そういう点で、言語聴覚士も、病院のことだけじゃなく、地域のことまで考えられたらいいなと思います。まだまだ地域のほうに目を向けられない言語聴覚士も多いと思うんです。今後も、地域の活動や支援者の皆さんたちの活動に関わる人をどんどん増やしていきたいと思っています。
前野:患者さんと対面していると、その後の生活のイメージもつきやすいですよね。言語聴覚士の皆さんがもっと地域に出てきてくれたら、そこに暮らす人たちも心強いですよね。そういう方が自分の近所に住んでるんだとわかれば、わたしたちの行動も変わる気がします。
板東:わたしの元上司で、定年退職された言語聴覚士の相澤悟さんという方がいるんですが、「失語症友の会」の活動を長年やってらっしゃいます。失語症の方が退院後に集まったり、みんなで旅行に行ったりとか、そういうのをずっとやっていらっしゃるんです。
わたしのキャリアを振り返ると、相澤さんの存在がやはり大きいです。わたしにとっては、今の自分を導いてくれた「メンター」ですね。相澤さんのおかげで、かしま病院に入った初期のころから、友の会に顔を出したり、福島県言語聴覚士会の活動に関わったりすることができました。
そういうのを初年度からやってきたので、地域に関わることは普通のことだっていう感覚なんです。病院で患者さんを診るだけじゃない。外に出たり、色々な会議出たり、ボランティアしたり。それが当たり前でした。
一方で、尊敬する相澤さんとは、方向は同じだけれど、まったく同じ道を歩んでいるわけではないとも思っています。私は、より広く、地域の皆さんや市の事業などに携わりながら、同じ志を持つ言語聴覚士を支えていきたいという気持ちがあるんです。
今後は、特に言語聴覚療法の分野に関して、さらに体制づくりや仕組みづくりに関わりたいと思っています。これまでに作り上げてきたものが、コロナで途切れちゃった感じがするんです。それに、「いとちプロジェクト」にも積極的に関わりたいなとも思っています。医療と地域について考えることは言語聴覚士の仕事でもあるわけですから。
繰り返しになりますが、今とは違う環境で育てられたら、こういう考えには至ってないと思います。その意味で、かしま病院の環境や出会いには、ほんとうに感謝していますし、自分の活動を支えてくれる妻の存在も大きいですよね。理解のある家族に支えられているからこそ、精一杯頑張れていると思っています。
食べること、会話をすること、まちの中で暮らすこと。これらは、どれも生活を送る上で欠かせない営みです。誰かの生活を支え、より豊かなものになるようサポートする言語聴覚士は、医療の担い手であり、地域の担い手でもあるのだと、板東さんのお話から感じました。
人の先に地域を見る。地域を視界にとらえながら、目の前の人に向かい合う。まさに「人を診る」という姿勢が、医療と地域をつなぐヒントになるのかもしれない。そんなことを考えさせられるインタビューとなりました。ご協力いただきました板東さん、ありがとうございました!
文章/いとちプロジェクト・前野
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