【TIFF日記】「Sisters」
2019年の東京国際映画祭(TIFF)で7本目は、『マッハ!』『チョコレート・ファイター』で知られるタイの巨匠、プラッチャヤー・ピンゲーオ監督によるホラー映画『Sisters』。ちなみに本作は、すでに日本での一般劇場公開が決定しているとのこと。
こうしてTIFFなどで東南アジアの映画を観るようになって、古いイメージに囚われていたこちらの想像を凌駕する、その洗練された作品群に驚いていたのだけど。しかし本作は食卓の上に久々に並んだ、得体の知れない香辛料の匂いがプンプン漂うアジアン闇鍋といった感じ(笑)。しかもメインの具材は、美少女アイドルと東南アジアでおなじみの妖怪だ!
『Sisters』の題材になっているのは、タイではガスー(クラスー)と呼ばれる妖怪で、タイだけでなく東南アジア各地に類似の伝承が存在する。夜になると女性の首が抜けて空を飛ぶというのだが、なんといっても最大の特徴は、首の下に肺や心臓といった内臓も一緒にぶら下がっている点だ。レンタルビデオの黎明期を記憶している年季の入ったホラーマニアなら、「首だけ女の恐怖」と言えばすぐ分かるはず。
大都市(バンコク?)の高校に通う女子高生のウィーナーには、姉妹同然に育った従妹のモーラーがいる。だがモーラーの母親はガスーだったため、娘もいずれはガスーに変身するかもしれない運命にあった。かつてモーラーの母親を謎の魔女たちから守って足を負傷したウィーナーの父親は、モーラーを守る使命を娘のウィーナーに与えて、薬草学と呪術を厳しく教え込むのだが……。
このやたらと情報量の多い設定が怒涛の勢いで開陳されるプロローグに続いて、物語の前半から中盤にかけては、ガスーにならないように叔父や従姉からも遠ざけられて孤独を味わうモーラーと、自分の青春を従妹の世話と呪術の修行に奪われたウィーナーが、お互いに苦悩するという思春期女子のドラマが展開される。さらに、モーラーとウィーナーが同じ男の子を好きになっていて……といった学園恋愛ドラマの要素も盛り込まれており、それはそれで悪くないのだが、でもオレたちボンクラがこの映画に期待しているのはそーゆーことじゃねぇんだよ(笑)。
ややピント外れな前半パートで、我々ボンクラ野郎の心をひたすらにつなぎとめるのが、ウィーナーとモーラー、2人の女子の存在だ。ウィーナーを演じるプロイユコン・ロージャナカタンユー(ジョージョー)は、モデル出身のキリッとした表情と、時折見せる女の子らしい表情のギャップが、妖怪ハンターの宿命を背負わされた現代っ子という設定にピッタリ。
そしてモーラーを演じているのが、AKB48の姉妹グループでタイを拠点に活動している「BNK48」の2期生、ミューニックだ。この映画でのミューニックは、不幸な運命を背負いつつも、ちょっとわがままでキュートな妹系ヒロインを、完璧に演じきっている。
個人的に、BNK48でのミューニックはグループの中でやや埋もれてしまっている印象があるのだけど(オレが知らないだけで、現地の劇場公演やイベントでは人気なのかも)、この映画でのミューニックの存在感は圧倒的だ。本作が日本や欧米で公開されることで、タイ国外でのミューニック人気に火がつくんじゃないかと、密かに思っている。
だがしかし。香港や東南アジアのエンタメ映画を見慣れた人であれば、たとえ美少女アイドルだろうと容赦がないのは周知の通り。本作でもミューニックには、観客の度肝を抜くような展開が次々と用意されている。それは……ぜひ一般公開の折に確かめてみてほしい。
さて。ホラー映画というか妖怪映画としての『Sisters』の特徴は、ピンゲーオ監督も自らアピールしているように、もともとはタイの田舎の伝承であるガスーの存在を、大都会のど真ん中に持ち込んでいる点で。おかげで、街の意外な場所に魔女のアジトが溶け込んでいるというスパイ映画みたいな設定や、内臓をぶら下げた生首がまるでドローンのようにビルの谷間を高速飛行するという狂ったビジュアルが、スクリーンに展開されている。
このイカレたセンスがついに爆発するのが、映画のラスト20分だ。天空の月を集団で囲んでグルグル回る内臓付き生首! その生首を蹴り飛ばし、弓矢で撃ち抜くヒロイン! モーラーを狙う謎の魔女たちと、ウィーナーの対決が繰り広げられるクライマックスは、まるでピーター・ジャクソンの初期ホラー映画かと思うぐらいのハチャメチャぶり。21世紀もすでに20年近く経つが、世界にはまだまだオレの観たことのないビジュアル表現が存在することを、この映画で改めて思い知った。なんだろうね、ムチャクチャなんだけど、こうやって思い返すとけっこう後を引くんだよね……。
「これはホラー映画なので、アクション要素は控えめにした」というピンゲーオ監督だが、上映後のQ&Aで「妖怪ハンターのウィーナーが日本やアジア各地の妖怪と対決するホラーアクション映画」の企画を提案されると、ファンサービスかもしれないが乗り気の姿勢を見せていたため、ぜひ実現してほしいと思う。そのためにはまず、『Sisters』の日本公開がヒットしてほしいところだが……。
とにかく、真面目な映画ファンが見たらたぶん怒り出すと思うけど、この手の映画が好きな人なら絶対に観て損はない。本作を面白いと思うかどうかはその人次第だけど、少なくともしばらくは話のネタに困らないはずw
なんとなくだけど、10年後ぐらいにはカルト映画扱いされるような気もするんだよね……。
以下は映画の内容とは関係ない、オタの考察。11月1日に行われた第1回上映後のQ&Aでピンゲーオ監督が語ったところによると、本作を撮影した時点では、ミューニックはまだBNK48に加入する前だったという。ところが映画の冒頭には、「BNK48 FILMS」の文字が(48グループ共通のロゴとは異なる鳥居みたいなロゴとともに)登場している。これはどういうことなのか。
インタビューによるとミューニックは、以前から子役としていろいろな映画やドラマに出演していたそうだ。そして、BNK48の1期生たちがタイの国民的アイドルとして活躍する姿を見た彼女は、2期生としてメンバーに加わるためのオーディションを受けて、見事に合格した。おそらくはその時点で、本作の撮影は終わっていたと思われる。
これはある意味で当然だが、BNK48に加入が決まった時点で、メンバーは過去の芸能活動を清算して、グループに専念しなければならない。
ここからはあくまで推測だが、海外でも著名なピンゲーオ監督の最新作に、加入前のタイミングで出演していたミューニックの場合は特例として、運営が自ら本作に協力して「BNK48のミューニック」出演作として売り込む形を選択したのではないだろうか。そう考えると、BNK48の公式インフォメーションが、自社制作の『私たちの居場所』とは違って、本作に対しては微妙に煮え切らないスタンスになっているのも納得できる気がする。