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地方自治体による移住促進の実態と3つの課題について

はじめに

 今日の日本において、国、都道府県、市町村が一体となり、地方移住を促す光景は当たり前ものとなっている。

新型コロナウイルス感染症拡大とテレワーク・リモートワークの普及を機に「転職なき移住」が推進され、地域おこし協力隊の規模拡大方針が示され、ワーケーションや関係人口と絡めて移住が論じられるなど、光の当たり方は多様である。

それらは、移住政策や移住促進政策、移住定住促進政策などと呼ばれ、人口の東京一極集中や地方の人口減少、担い手不足といった様々な課題の解決策として特に注目され、社会的、政策的な期待と関心が高まっている。

本稿では、移住・定住のうち、特に移住を促す政策に焦点を当てる。そこで、以降は地方移住を政策的に促進し、移住までの道のりを整備するという政策アイディアや論理、動向を「政策的移住促進」、政策的移住促進の実現のために行われる政策や施策全体を「移住政策」と呼ぶこととする。

本稿では、主に地方自治体による移住政策の現状と課題について簡潔に整理し、今後より良い政策が行われていくための論点を示す。

ただし一点注意が必要なのは、地方自治体による移住政策は数十年程度の歴史しか無いため、「移住政策を行って当たり前」という現在の状況の特殊性が問い直され、場合によっては移住促進という政策アイディアが放棄されていく可能性も十分にある。

移住促進は政策手段であり、政策目的にはなり得ない。より上位の政策目的を達成するための有効な手段が発見され、波及した場合には、移住促進が過去のものとなる可能性があることを頭の片隅に置いておく必要がある。

移住政策の現在

はじめに、議論の前提となる地方自治体の移住政策の現状について確認する。

表1 地方自治体による移住促進の取組み

表1は、総務省(2018)や久井(2021)などの先行調査と、筆者の調査に基づいて確認した移住促進の取組みの一覧である。

ここに載っていない独自性の高い施策も存在するが、表1からは、他政策分野と相互作用しながら多岐にわたる移住政策が行われてきたことが読み取れる。

換言すれば、政策的移住促進は、地方自治体の様々な政策目的の達成手段であると同時に、他政策分野もその内に取り込み、関連付け、普及拡大してきたといえる。

ここからは、都道府県と市町村の移住政策を大まかに把握する。久井(2021)などによれば、都道府県と市町村の移住政策をめぐる役割分担は次のようになっている。

第一に、移住相談窓口の設置や移住に伴う仕事の紹介などの形で、都道府県が移住政策を実施している。

第二に、移住促進と関連した住まいや暮らし、出産、子育て、教育に関連する取組みは市町村の実施割合が高く、仕事関連では都道府県の実施割合が高い。

第三に、移住定住フェアへの出展や開催といった総合的な取組みは、都道府県も市町村も実施割合が高く相互作用が生じている可能性が高い。

こうした結果からは、同じ地方自治体でも、都道府県と市町村では政策分野の棲み分けがなされていること、従来の政策分類で分けにくい総合的な移住政策は、都道府県と市町村の両方が行っていることがわかる。

市町村による政策的移住促進の状況も簡潔に整理する。総務省が全過疎関係市町村を対象に行なった調査(2017)によれば、実施割合が高い取組みは、「移住相談窓口の設置(85.6%)」、「移住定住フェアへの出展開催(77.6%)」、「空き家バンク制度(75.7%)」となっており、移住機会の創出や初期段階の支援の実施割合が高いことがわかる。

2021年3月に一般社団法人移住・交流推進機構(JOIN)が実施した市町村対象の調査によれば、新型コロナウイルス感染症拡大下の地方移住について、移住相談、問い合わせが増えた市町村が43.6%、移住者が増えた市町村が二一.八%であった。

一方、特に変化がない市町村が55.0%、転出者が増えた市町村が一二.五%であった。この結果からは、コロナ禍に移住への社会的、政策的な関心が高まったとされるが、国、都道府県、市町村による一体的な移住者誘致の成果は局所的であったことが示唆される。

その他には、約半数の市町村(50.7%)が若年層の移住促進を実施していること、約8割の市町村(80.0%)が今後も地方移住が進むと考えていることが明らかになっており、今後も市町村による政策的移住促進は加速拡大していくことが予想される。

政策的移住促進をめぐる3つの課題について

近年、国が策定した「デジタル田園都市国家構想(2022)」や「第三次国土形成計画(2023)」などでは、政策的移住促進をより一層推進する方針が示されており、今後も国と地方自治体が一体となって移住政策が進められていくことが予想される。

一方で、2023年は、福井県池田町の広報誌に掲載された「池田暮らしの七か条」事例や、愛媛県新居浜市の元地域おこし協力隊員が移住失敗の経験をまとめた動画投稿が400万回再生された事例、高知県土佐市の観光交流施設利用をめぐる事例など、これまでになく移住関連のコンフリクトやネガティブなニュースが関心を集めた。

これらのニュースや出来事を個人の責任や地域性に還元して論じることは簡単だが、こうした出来事が生じ数多くの媒体で取り上げられた背景には、国や地方自治体による政策的移住促進の加速拡大があることは間違いない。学術的にも、移住政策の効果や有効性を疑問視したり、逆機能を指摘したりする研究も目立つ(豊田2021,伊藤2021など)。

これらの課題を移住政策が乗り越えていかなければ、今後、個人間や地域でさらに多くの軋みや歪みが生じ、当事者にとって不幸な経験や移住をめぐるネガティブなニュースが増えかねない。ひいては、移住者や移住政策へのネガティブなイメージが高まる可能性もある。そこで以下では、特に懸念され、検討する必要がある3つの課題についてみていくこととする。

1.自治体間の移住者獲得競争の激化

第一の課題は、限られた人口と予算をめぐる自治体間の移住者獲得競争である。自治体間の移住者獲得競争に対する学術的、社会的な関心が高まり課題視され始めたのは、主にまち・ひと・しごと創生(地方創生)以降である。

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