
狡いよ、
「俺ら、別れた方がお互い幸せになれるんじゃないかな。」
目の前に立つ彼女は少し驚いた顔を見せた後、控えめに微笑んだ。
「…うん、わたしも そう思ってたよ」
お互いに、距離ができていたのはきっと気付いていた。
でも、気付いていない振りをしていた。
それもまた、気付いていた。
「…部屋のもの、今度取りいくね。」
「…うん、わかった、今日は遅いし送るよ。」
いつもの道を歩く俺らは、いつもとは少し違っていた。
いつもは暖かい右の掌に冷たい風がすり抜けていく。
「今日ほんと寒いね〜。」
いつものトーンで話し始めたのは彼女の方だった。
彼女のそういうところが、ずっと嫌いだった。
どれだけ苦しくても我慢して笑うところ。
本当は誰よりも弱いのに人前では強がるところ。
弱い部分を、彼氏にすら見せてくれないところ。
一度だって涙を見せたことのない彼女を見るのが、いつの間にか俺にとっての苦痛になっていた。
何もできない無力さを、毎回毎回痛感する。
「うん、寒いね。」
俺はいつものトーンなんかで話せなかった。
ふと鼻の奥がツンとして涙が出そうになる。
誰に見られているわけでもないのに、心の中で寒さのせいだと誤魔化した。
-
数日後、彼女は俺の部屋にある荷物を取りに来た。
「わざわざ纏めといてくれたんだ、ありがとう。」
そうやってまた明るく笑う彼女を見るのが辛かった。
でも、
「あ、これ。」
と呟いてポケットを漁った彼女の顔は何だかすごく悲しそうに見えて。
ポケットから取り出されたのは、鍵。
「…もう、返しとかなきゃね。」
「…ん、」
「じゃあ、もうそろそろ帰るね、荷物ありがとう。」
「…駅まで送るよ。」
歩いて10分程の駅までの道を、いつもよりゆっくり歩いた。
それでも当たり前に着いてしまうもので、
「…じゃ、気をつけて。」
と言って彼女を見た。
「うん、また、、」
「またね。」と言いかけた彼女は少し俯いて、暫くすると顔を上げた。
「ばいばい。今までありがとう。」
そう言った彼女の目からは涙が溢れていた。
最後の最後に、狡いよ。