WHOテドロス事務局長 「黒人の命と白人の命について、世界は本当に同じだけの関心をもっているのか疑わしい」 世界では今、どのような紛争が起きているのか
ロシアのウクライナ侵攻が始まって、まもなく4カ月が経過する。一方で、ウクライナにかぎらず、紛争と呼ばれるものは世界中で発生しているのが現実だ。
世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は4月13日、黒人と白人に影響を及ぼしている緊急事態をめぐり、世界の関心に偏りがあると訴えた(1)。
まず事務局長は記者会見で、ロシアがしたウクライナに対する攻撃について、「世界全体に影響を及ぼす」ことから、「とても大事」であると言及。
一方で、世界の違う場所で人道危機に陥っているエチオピアのティグレ州やイエメン、アフガニスタンやシリアは、ウクライナと同じくらいの注目を集めていないと指摘。
これらの地域が受ける支援は、ウクライナへの支援のごく一部して寄せられていないとする。
さらに、
とまで発言した。
つづけて、
と語った。
そもそも、テドロス氏自身が、言及したエチオピアのティグレ州の出身。ティグレ州は、国連が、救命のために1日に100台分の人道物資の供給が必要であるとしている場所だ。
ティグレ州では、2020年にエチオピアの政治を30年近く支配してきた地域政党のティグレ人民解放戦線(TPLF)とエチオピア政府軍による戦争が勃発。
これまでに多数の民間人を含む数千人の死者が出ており、今なお人道支援を必要としている人が数百万人に上るとされるも、しかし政府は救援活動を妨害しているとされ、批判を受けている。
また、現地では戦争にかかわるすべての当事者が、超法規的な処刑をし、性暴力もふるっているという。
イエメンについては国連が長らく、「世界最悪の人道危機」であると強調。アフガニスタンでは、2400万人が生存のための人道支援を必要としていると、国連は認定。
シリアでは内戦が11年続き、死者は50万人近くにのぼり、何百万人もの人が住む家を失ったとされる。
世界では今、どのような紛争が起きているのか。
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エチオピア ティグレ州 複雑な民族構成による衝突 35万人が飢餓状態
エチオピアでは、政府軍と北部のティグレ州を根拠にするティグレ人民解放戦線(TPLF)との武力衝突が2020年より続く。
TRLFは、2021年10月末にエチオピアの交通の要所であるアムハラ州のコンボルチャを奪取、首都であるアディスアベバへの侵攻をほのめかしたことをきっかけに、首相が国土全体に非常事態宣言を出す(2)。
これを受けて、アメリカをはじめ複数の国が自国民を対象にエチオピアからの退避命令を出した。一方、人道支援に取り組む国連職員が現地で拘束されるなどした。
国連人権高等弁務官のミチェル・バチェレ氏は、ティグレ州の一般市民が集団レイプを含む、「極度に野蛮な行為にさらされている」と発言(3)。
武力衝突が起きた背景には、エチオピアの民族構成がある。エチオピアは80を超える民族が存在する多民族国家。
その最大勢力は、首相のアビー氏の出身民族であるオロモ人で、40%を占める。つづいて、アムハラ人が27%、ソマリ人とティグレ人がそれぞれ約6%、シダモ人が4%。
つまり、TPLFを構成するティグレ人は構成比率6%の少数民族に過ぎなかった。ただ、ティグレ人はマイノリティーでありながら、20世紀終わりから近年にかけ、エチオピアの政権の中枢を占めてきた。
エチオピアでは、1974年に皇帝による政治が崩壊して以降、軍事政権が、旧ソ連の後ろ盾を得て、社会主義政策を進めてきた。
しかし、ソ連の崩壊とともに軍事政権も弱体化、それを好機として反政府勢力が首都を攻め落とし、政権を奪う。
このときの反政府勢力であるエチオピア人民革命民主戦線のリーダーが、TPLFを構成するティグレ人だった。
そのため、1995年から2012年まで、エチオピアではマイノリティーであるティグレの出身者が首相を務め、また要職を固めてきた。
一方で、多民族側は不満を強める。
とくに最大民族であるオロモ人の中には、民族の根拠地であるエチオピア南部のオロミア州の分離独立を目指すグループもあらわれ、今度はそのティグレ人を中心とする政府が「テロリスト」をして、徹底的に取り締まってきた。
2018年4月には、いったんはオロモ出身のアビー氏が首相に就任することで民族の融和が図れるも、今度は、政府内で、ティグレとオロモの力関係が逆転。中枢にいたティグレ人は相次いで要職を奪われ、対立が激化。
2020年9月に、ティグレ州の独立を狙ったとみなれる州議会選挙をティグレ人が強行したことをきっかけに本格的な武力衝突へと発展した。
国連は、昨年の6月時点で35万人が飢餓状態にあると分析。ジャーナリスとも前線に入り込むことが困難であり、そのため現地からの報道も少なくなっているのが現状だ。
イエメン 世界最大の人道危機
イエメンでは、2015年の3月から武力衝突が激化、それとともに貧困や食糧危機も拡大した。2021年時点で、イエメンの人口の66%にあたる2070万人が支援をひつようとしており、そのうちの54%が18歳未満だ(4)。
さらに国内の別の場所に難を逃れ、避難生活を送る国内避難民も400万人に及ぶ(5)。このようなイエメンの事態は、「世界最大の人道危機」とさえ呼ばれる(6)。
イエメンは、中東のアラビア半島の南東に位置。面積は、日本の約1.5倍の約55平方km、人口は2892万人。公用語はアラビア語。
首都サヌアにある旧市市街地は、紀元前10世紀ごろから存在する「世界最古の街」のひとつといわれ、かつては「海のシルクロード」の中継地として栄えた(7)。
コーヒーの「モカコーヒー」という名前は、かつてのイエメンの港町のモカから、コーヒー豆が積み出されたことが由来となっている(8)。
イエメンでは、2021年に人口の半数以上の1620万人が、緊急または危機的なレベルの食料不足に陥り、さらに225万人以上の5歳未満の子どもたちと、100万人以上の妊産婦が、急性の栄養不良になると考えられている(9)。
イエメンでは、時間的に10分に1人の子どもが、本来ならば予防可能な病気で亡くなっている(10)。またイエメンの保健施設のうち、十分に機能しているのは、51%に過ぎない(11)。
武力衝突が長引き、安全な飲み水やトイレなどの衛生施設が不十分で、コレラの流行にもつながった。
石鹼を使うことのできるのは人口の45%のみで(12)、新型コロナウイルスの感染予防も十分にできていない状況だ。
イエメンでは重大な人権侵害が相次いでいる。子どもの児童労働や児童婚、軍への徴兵や利用・性暴力や搾取などが相次ぎ、支援を必要としている子どもは860万人にのぼる(13)。
アフガニスタン アメリカ史上最長の戦争
2021年8月のタリバンによる全土掌握以前から、アフガニスタンはさまざまな危機に直面してきた。厳しい干ばつにより作物は育たず、そこに新型コロナウイルスの感染拡大が襲った。
貧困が深刻化し、あるいは長引く紛争により300万人を超える人が国内避難民となっている(14)。
2022年に入ってから、アフガニスタン国内による紛争で避難を余儀なくされた約66万8000人のうち、約50万人は首都であるカブールに逃れている。
ただ、カブールは標高1800メートルに位置し、冬になると氷点下にまで気温が下がる。
多くの人はその寒さを、仮設のシェルターや暖房設備のない借家で過ごし、食事もままならない状態だ。
アフガニスタンのよるアメリカの正式な戦闘任務は2014年には完了したにもかかわらず、2017年8月、当時のトランプ大統領は戦争で荒廃したアフガニスタンに駐留する米軍を増強し、アメリカ史上最長の戦争を継続すると述べた(15)。
2001年9月11日、アルカイダのメンバーが飛行機4機をハイジャックし、そのうち2機がニューヨークのワールドトレードセンターへ、1機がペンタゴン(国防総省)に突入、1機はペンシルベニア州に墜落、3000人近くが死亡した。
ただ、ハイジャック犯の中には、アフガンスタン国籍の者は1人をいなかった。しかし、当時のブッシュ大統領は、「対テロ戦争」を宣言。
アルカイダと、アフガニスタンのタリバン政権に匿われ、支援を受けているとして、オサマ・ビン・ラディンを非難。
2001年10月7日に、「不朽の自由」作戦と称された軍事作戦を決行、アフガニスタンで空爆が開始された。
現在、タリバンは再び全土を掌握。国際的な制裁とアフガニスタン政府の資産の凍結、海外からの援助の停止が重なり、アフガニスタンは深刻な経済危機に陥っている。
さらに干ばつが襲い、農作物の不作より、状況は悪化、失業率と物価も上昇し、人口4000万人の半数の2280万人が飢餓の状態にあるという。
シリア 内戦は11年にも及ぶ
シリアでは、2011年以降、続いている内戦に終わりが見えない。シリアの内戦は、2010年にチュニジアで起こったジャスミン革命を発端とするアラブの春を契機に起こった。
アラブの春とは、2010年にチュニジアで起こったジャスミン革命が発端。当時のチュニジアでは長年にわたる独裁政権への不満が高まり、抵抗を示すために1人の青年が焼身自殺をする。
これをきっかけにチュニジア全土で大規模なデモ、そして暴動へと発展、1カ月も経たないうちに当時の大統領が国外追放され、20年以上続いた独裁政権が終わった。これがジャスミン運動だ。
ただ、このような民主化運動が中東各地へと広がる。これが、アラブの春と呼ばれた。エジプトでも大統領を退陣さえ、リビアでは反政府勢力が武力衝突経て政権を交代させた。
その動きは、やがてシリアへも波及してきく。それまでアサド政権に弾圧されてきたスンニ派の人々がアラブの春へと続けと行動を起こし、結果、内戦へと発展していった。
ただ、シリアで起こったのは、「21世紀最大の人道危機」と呼ばれるものだった。内戦により、多くの難民を生み、2017年には、国内避難民だけで約660万人にも及ぶとされる。
国外に逃れた人も多く、トルコは約350万人の難民を受け入れたという。ほか、ウガンダでも350万人、パキスタン約140万人、レバノンでも約100万人の難民が流入した。
また、トルコ経由でヨーロッパへ逃れた人も多く、2015年時点で、約80万人の人がギリシャへと渡った。
(1) BBC NEWS JAPAN、「「世界は黒人の命に偏見」 ウクライナ支援に絡んでWHO事務局長」2022年4月14日、https://www.bbc.com/japanese/61102657?utm_source=pocket_mylist
(2)Spectee、「「極度に野蛮な行為」エチオピアで何が起きているのか」2021年11月17日、https://spectee.co.jp/report/ethiopia_extreme_brutality/
(3)ALJAZEERA、「Ethiopia’s war marked by ‘extreme brutality’ from all sides: UN」2021年11月3日、https://www.aljazeera.com/news/2021/11/3/ethiopias-war-marked-by-extreme-brutality-from-all-sides-un
(4)OCHA, “Humanitarian Needs Overview Yemen 2021”, p.4
(5)OCHA, “Humanitarian Needs Overview Yemen 2021”, p.28
(6)OCHA, “Humanitarian Needs Overview Yemen 2021”, p.6
(7) 外務省、フォトギャラリー、https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/staff/photo/24/0724-18.html
(8)外務省、外務省員の声(https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/page3_000239.html
(9)OCHA, “Humanitarian Needs Overview Yemen 2021”, p.6
(10)OCHA, “Humanitarian Needs Overview Yemen 2021”, p.69
(11)OCHA, “Humanitarian Needs Overview Yemen 2021”, p.69
(12)OCHA, “Humanitarian Needs Overview Yemen 2021”, p.94
(13)OCHA, “Humanitarian Needs Overview Yemen 2021”, p.79
(14) UNHCR 日本「アフガニスタンのいま」2021年12月2日、https://www.unhcr.org/jp/spotlight-2021-12-afghanistan-on-the-brink
(15)Natasha Bertrand、「同時多発テロから16年、米史上最長の戦争「アフガニスタン紛争」を振り返る」BUSINESS INSIDER、2017年9月11日、https://www.businessinsider.jp/author/natasha%20bertrand/
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