【向こうもきっとそう思ってるよ】
アメリカとカナダへの海外派遣プログラムへは、私の通う中学校からは2名選出されることになっていた。
市内のいくつかの中学校から、その規模に見合った人数が選ばれることになっていた。
1名の学校もあれば、3名の学校もあった。
確か、全員で12名程が、海を渡ることになっていた。
私の学校から面接に進んだのは、3名だった。
つまり、1名は落とされる訳である。
優しくて少し涙もろい、小さな男子が学年委員長をしていた。そんな彼だから友達が多く、先生からも可愛がられていた。
口数が少なくて真面目な背の高い男子は、確か別のクラスの学級長をしていた。彼が笑うところは見たことが無かった。
その2人と面接室の廊下で順番待ちをしているのが私だった。
∇∇∇
行きつけの美容室に、いつも担当してくれるお姉さんがいた。
華奢で綺麗な外見とは真逆の、サバサバとした性格が好きだった。
色んなことを彼女に話した。
友達のことや将来の夢、好きな男子の話まで。
ある日髪を切ってもらっていると、美容室の窓の外を男子中学生が横切って行った。
『あ。』
思わず声が出た。お姉さんが気づいた。
『あ、いや、今度海外派遣生でカナダに行くんだけどね、一緒に行く男子がさっきそこを通ってったから。』
私は、少し黙ると続けた。
『やだなぁ…って思って。あの人、笑わないし話さないんだもん。もう1人の候補の子の方が良かったな…。』
私と共に選ばれたのは、無口な方の男子だったのだ。
そのことを、やだな…と友人達に漏らすと皆、そりゃそうだと同意したし、私はあたかも当たり前の事のようにサラリと口にしたのだ、やだな…と。
すると美容師のお姉さんは、サラリと返した。
『向こうもきっとそう思ってるよ。』
∇∇∇
トクンと心臓がなった気がした。
思考は一瞬で停止した。
思わずお姉さんの顔を見上げた。
とても柔らかい目をしていた。
諭されたのだと一瞬で理解した。
なぜ私は、自分の方が選ぶ側だと勘違いしていたのだろう。
こんな私と一緒だなんて、彼の方こそ願い下げだろう。
恥ずかしい。
確かにそう感じた私の心を、お姉さんはちゃんと捉えたに違いない。
穏やかな空気の中で、彼女はそれ以上何も言わなかった。
あの日から何十年経った今でも、時々フラッシュバックするあの言葉と表情は、一瞬チリッと胸を焦がしてじんわりと広がっていく。